見合いとは、互いのバックボーンがわかった上で相性を見極める場ーー『婚活迷子、お助けします。』第五話

恋活と婚活の大きな違いとは?

婚活迷子、お助けします。 仲人・結城華音の縁結び手帳

中邑さんは、週にどれくらい掃除しますか?

 お見合いというより、商談をしているような気分になってきて、ふと一抹の不安がよぎる。笠原にこれまでの婚活はどんな具合だったか聞いてみたいが、それは相手を対象外とみなす行為ととられそうで、さすがにこらえる。

 甘味が運ばれてきてからは、雰囲気はさらに和んで、会話もはずんだ。ひとり暮らしが長いので一通り家事はできます、と書いてあったのは伊達ではないようで、笠原は年末の大掃除に話題がふれると、いかにして隅々まで埃をとりきり磨きあげるか興奮しながら話す。

 聞きながら、別れた恋人は掃除機どころかワイパーさえ触らないひとだったな、と葉月はやっぱり彼のことを思い出す。ごみの分別もむちゃくちゃなのでいつも葉月は怒っていたが、そのかわり、忙しい葉月の部屋がどんなにとっちらかっていても彼が気にすることはなかった。だってろくに整理整頓できない俺が葉月にはやれなんて言えないじゃん。だいじょうぶだいじょうぶ、汚くても人間はそう簡単に死なないよ。そう言って軽やかに笑っていた彼がどうして「子どもを産んだら仕事をセーブしなきゃ」なんて言い出したのか、葉月にはいまだに理解できない。

「中邑さんは、週にどれくらい掃除しますか?」

「え、あー……できれば掃除機は毎日と思っていますけど、忙しいときはどうしても週末にまとめて、になっちゃいますね。食事もできあいのものを買って帰ることが多いので、笠原さんはすごいと思います」

「え、できあいですか。それってスーパーとかのお惣菜?」

 はじめて笠原の声のトーンが、怪訝そうな色をみせた。あ、まちがえたかな、と思いながら嘘をついても仕方がないので、葉月は困ったように笑って見せる。

「コンビニで買ってきちゃうこともあります。ひとりだとどうしても、そのほうが楽で」

「習慣化すると料理したほうが楽ですよ。スープだけでもつくりおきしておけば、レンチンするだけで済みますし」

「たしかに。でも最近、ひとり暮らし用に栄養のあるお惣菜も増えてて……」

「だめですよ。女性はとくにバランスいい食事をとらないと。布団のシーツ、ちゃんと替えてます? 週に1回なんて人もいますけど、本当は2~3日に1回は洗濯したほうがいいんですよ。寝ているあいだに人間は思っている以上に汗をかいているんですから」

「あー……そう、ですね……」

 週に1回どころか、気づけば2週間経っていることもある葉月は、なにも言えない。あいまいに笑みを浮かべながら、どうにか話題をそらそうと、

「仕事が忙しいとどうしても頭がそっちにばかりいっちゃって。ありませんか、そういうこと。私、昔からひとつのことに夢中になると、他を忘れちゃうくせがあって……」

 言うと、

「ありませんよ」

 笠原は、今度はわずかだけれどはっきりとした侮蔑をにじませ、即答した。

「仕事って、生活するためのものでしょう。仕事のために生活をおろそかにしてどうするんですか」

 問い詰めるような物言いに、葉月は言葉に詰まってしまう。それは、たしかに。かろうじてそうつぶやくと、笠原はやれやれというようにため息をついた。

「僕は、人間にとっていちばん大事なのは、ちゃんと生活することだと思うんです。バランスのいい食事。適度な運動と睡眠。脳を活性化させるための学びと娯楽。それなくしてなにが人生かという話ですよ」

「あの……でも、お仕事にやりがいは……」

「やりがい?」

 眼鏡の奥で視線が鋭くなり、葉月は身体をちぢこませる。大学教員の父が自分と兄を叱るとき、こんな空気を醸し出していたなと思いだしながら、口角だけはきゅっとあがったままの自分がおかしくなる。でもここは、たぶん絶対、笑ってはいけない場面だ。笠原は続けた。

「僕は、自分にできることで何がいちばん稼げるかを考えてシステムエンジニアを選びました。いまは年収550万。残業すればあと100万くらいは増えるはずですが、断り続けているので、まあ、このままでしょう。昇進の打診も、定時で帰れなくなるのがいやで断っています」

「はあ……」

「だから僕は、共働き志望なんです。ひとりでしゃかりきに働いて家庭をないがしろにするような夫にはなりたくありませんから。ともに働き、支えあう。そして余暇を充実して過ごす。それが理想です。……あ、とはいえ、女性には妊娠・出産がありますからね。なにかあって働けなくなったとしても、僕ひとりでどうにかできる自信はあります。まあ、ずっと働かないというのでは困ってしまいますけどね。僕は働いている女性が好きですし、家事も子育ても手伝うのではなくしっかり請け負うつもりでいるので」

 ようするにね、僕は妻になる人とは常にフェアでいたいんです。フェアというのは完全に同等の分担をするということではなく……、と「ちゃんとした生活」から「夫婦間の平等」について話題をうつした笠原が早口でまくしたてるのを、葉月はただただ、うなずきながら聞くしかできなかった。そうですね、確かに。その言葉を何度も繰り返しながら、最初の和やかな会話はどこへいってしまったのだろうと軽い絶望感を覚える。

 ――葉月が仕事好きなのはわかってるけどさ、でもやっぱり子どもには母親が必要だと思うんだよ。とりあえず専業主婦になったってやってけるだけの稼ぎは俺にもあるし。葉月、忙しくなると家事に手がまわらなくなるじゃん。だったらいったんは仕事から離れて子育てに専念するのも手じゃないの。正直、仕事から帰ったらあたたかいごはんと風呂が用意されてて子どもと奥さんが出迎えてくれるって、めちゃくちゃ理想なんだよね。

 そう言っていた元恋人と、やっていけないと思った葉月は別れを決めて、結婚相談所で知り合った相手とこうして見合いしている。彼が言っていることは元恋人とは真逆だ。けれどそれははたして、葉月の望んだことだろうか。笠原の言葉に一生懸命耳を傾けながら、葉月にはさっぱり、わからない。

 ただ、どうしてこの人も元恋人も、葉月を置いてきぼりにした理想の未来絵図をとうとうと語って聞かせるのだろうと、それだけを不思議に思っていた。

■橘もも(たちばな・もも)
2000年、高校在学中に『翼をください』で作家デビュー。オリジナル小説のほかに、映画やドラマ、ゲームのノベライズも手掛ける。著書に『それが神サマ!?』シリーズ、『忍者だけど、OLやってます』シリーズ、『小説 透明なゆりかご』『リトルウィッチアカデミア でたらめ魔女と妖精の国』『白猫プロジェクト 大いなる冒険の始まり』など。最新作は『小説 空挺ドラゴンズ』。「立花もも」名義でライターとしても活動中。

(イラスト=野々愛/編集=稲子美砂)

※本連載は、結婚相談所「結婚物語。」のブログ、および、ブログをまとめた書籍『夢を見続けておわる人、妥協を余儀なくされる人、「最高の相手」を手に入れる人。“私”がプロポーズされない5つの理由』などを参考にしております。

結婚相談所「結婚物語。」のブログ

『夢を見続けておわる人、妥協を余儀なくされる人、「最高の相手」を手に入れる人。“私”がプロポーズされない5つの理由』

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