『銃・病原菌・鉄』から『21 Lessons』まで、人類史や未来論がブームになった背景

人類史や未来論、ブームの背景

人気の理由は「地球が危機」だから

 ではどうして人気なのか――という理由はどう語られてきたのかを見てみよう。

①歴史に教訓を求めているから

 歴史家の山内昌之(東京大学名誉教授)は「歴史を学ぶと、全く違う時代の出来事に現代と同じような構造があることを見いだせる。時代の転換期に不安を感じ、世界の中の日本の行く末を考えるとき、歴史に教訓を求めるのは当然」と分析している(「朝日新聞聞」2012.05.14東京夕刊「来し方・行く末、本に求め 日本史・世界史がブーム 文庫で手軽、震災後の時流映す?」)。

 いわゆる「今現在の課題を歴史に学びたいから」というやつである。

 ダイアモンド自身も「先進国の課題は伝統的社会にヒントがある」的なことを言っている。

 しかし、これだけでは、なぜダイアモンドやハラリなのか? なぜ局所的な地域史ではなく、1980年代に日本のビジネス誌がよくやっていたような「戦国大名に学べ」ではないのか? の説明がつかない。

②単一の簡単な見方に基づいて過去・現在・未来を、極小と極大から俯瞰したいから

 出口治明(立命館大学APU学長)は「マクニールの大きな特徴は、文明や社会をできる限り融合的に捉えて、その全体像を平易に提供しようとする姿勢にある。本人が述べているように、「単一の簡単な見方に立って、短く(世界史が)書かれている」ことが極めて重要である」と語る(「エコノミスト」2014.02.25号「〔特集〕世界史に学ぶ経済 PART2 これが世界史を変えた 大作を読む」)。

 ようするに、視点がはっきり定まった状態で歴史を語り、なぜ今の世界がこうなっているのかが語られていくので見通しがよい、というわけだ。

 『銃・病原菌・鉄』なら「五大陸の文明の違いは気候・環境の違いに由来する」、『サピエンス全史』なら「他の動物にはない『虚構』を信じる力が身体の弱い人類が地球の覇者になれた理由だ」といった具合に、上下巻で分厚い本だが、視点と結論が明瞭である。

 「朝日新聞」2017.02.26東京朝刊「(ひもとく)科学で見る人間の歴史 壮大な視野で「20万年」見直す 渡辺政隆」では「人類の意味、人生の意味を知るには、壮大なスケールと身の丈のスケール両方の視点が必要なのだ」と書かれている。

 こちらはようするに、ダイアモンドやハラリ、ビッグヒストリーものは、宇宙のはじまり(または現生人類のはじまり)から現在、そして未来までというタイムスケール、あるいは極小と極大の両極から全体を俯瞰したい、という欲求に応えてくれる本だから支持されている、という説明だ。

 逆に言えば、今現在われわれは歴史や地球、宇宙の全体がまったく見通せないし、そのための物差し、道具を持っていないことに不満や不安を抱いている、ということになる。

 つまり、なぜ「戦国大名に学べ」ではなく「人類史レベル、地球史や宇宙の歴史レベルで学べ」になるかと言えば、目下、人々が直面しているのが世界レベル、地球レベルの危機であり、人類の存亡に関わる(かもしれない)という不安を人々が抱いているからであり、だからこそ地球全体に関わる、超長期スパンでの歴史を見通す物差しが欲しい、というわけだ。

③地球が危機だから

 このように「なぜ人類史スケール、宇宙史スケールで俯瞰したいかと言えば、目下、人々が、地球が危機だと感じているからだ」という理屈が、最近のトレンドである。

 「中日新聞」2017.01.24朝刊「記者の眼 盛り上がる「人類史」研究」では『サピエンス全史』その他のブームの背景として「社会の行き詰まり感を多くの人が深刻に感じていることが挙げられる。例えば、格差が広がる資本主義社会はこれからどうなるのか。地球環境はどうなるのか」という意識があることを挙げる。

 ハラリ自身も「ナショナリズムに閉じこもっていては地球規模の問題は解決できない」と言うなど、国際的、地球規模だが自分たちにも降りかかる厄災、リスクを考えたいからこういう本が読まれるのだ、と語っている。

 そしてダイアモンドもハラリも、当初は「通史を語る人」として登場してきたのが、ダイアモンドは『文明崩壊』あたりから、ハラリは『ホモ・デウス』から、人々の未来に対する不安に答える(ないしは不安に同調し、煽る)「予言者」ポジションにシフトして、世の中のニーズを満たすようになった。

 そうして「過去が語れるから、きっとこの人は未来もわかるのだ」と思って、僕らはダイアモンドやハラリの新刊を手に取る。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

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