『なめらかな世界と、その敵』伴名練が語る、SFの現在地「社会の激変でSFも期待されている」

伴名練が語る、SF小説の現在

より広い読者にSFを届けたい

――「なめらかな世界と、その敵」や書き下ろしの「ひかりより速く、ゆるやかに」は、青春小説的な要素もあり、SFが苦手な人でも読みやすい内容である一方、「美亜羽へ贈る拳銃」や「シンギュラリティ・ソヴィエト」はどちらかというとコアなSFファン向けの作品という印象です。

伴名:そうですね。「シンギュラリティ・ソヴィエト」はSFのうさんくさくて格好いい部分を書きたかったんです。リアルな近未来AIの話というより、サイバーパンクとかニュースペースオペラの手法ですね。「美亜羽へ贈る拳銃」は伊藤計劃トリビュート同人誌初出の、オマージュ作品です。これらは趣味的な作品なのですが、作品集全体にグラデーションをかければSFに詳しい人もそうでない人も、どれか一作品は気に入ってもらえるのではないか、と考えて入れています。

――書き下ろしの「ひかりより早く、ゆるやかに」に関しては、新海誠監督の『君の名は。』の影響も感じました。

伴名:「ひかりより速く、ゆるやかに」を書いた時に、『君の名は。』のことが頭のどこかにあったと思います。新海誠監督も『君の名は。』に関していろんなSFに影響を受けていることを公言していらっしゃいますけど、男女が不思議なやり取りをして、実は時間がずれていて一方が死んでいた、という話は活字SFの歴史の中ではたくさんあるんです。ただし、多くの場合は事故とか火災などで相手個人が亡くなっていて、それを不思議なつながりで助けようとする話なのですが、新海監督はその物語を、隕石が落ちてきて街が壊滅するという規模でやったわけです。これを観て、今まで活字SFでたくさん語られてきた物語が、大きな規模にスケール変更することで、映像映えする、新しい作品になっていると感じたんです。「ひかりより速く、ゆるやかに」は、一つの新幹線だけ時間の経過が遅くなるという話ですが、こういう時間低速化ものもSFには数多くありました。でも、これもやはり極めてパーソナルな規模か、もしくは世界全部や街まるごと時間が減速するという規模の話が多くて、ならば新幹線の中だけ時間の経過が遅くなるという規模にしてみようと考えたんです。おそらく、『君の名は。』を観ていなければ、このスケール調整の発想は出てこなかったのではないでしょうか。

――なるほど。私的な狭い枠組みと世界規模の話の中間、その新幹線に修学旅行生を乗せて学校という共同体の単位に起こった悲劇とすることで新しくなるだろうという発想だったんですね。

伴名:そうですね。異なる時間の中に囚われた人を助けようとする話自体はたくさんあるんですが、この規模はあまりなかったと思います。

――他にも影響を受けた作品があれば教えていただけますか。

伴名:「ひかりより速く、ゆるやかに」の主人公の叔父さんが読んでいる本は、この物語に影響を与えた作品を含んでいるものです。いずれも時間の流れが変化する物語です。

 梶尾真治の短編集『地球はプレイン・ヨーグルト』の「美亜へ贈る真珠」、加納一朗編『恐怖の館  SFミステリー』所収の広瀬正の「化石の街」、中井紀夫の『山手線のあやとり娘』所収の「暴走バス」、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『故郷から10000光年』所収の「故郷へ歩いた男」、『忘却の惑星』所収のデイヴィッド・I・マッスン「旅人の憩い」、古橋秀之『ある日、爆弾がおちてきて』の「むかし、爆弾がおちてきて」、片瀬二郎『サムライ・ポテト』の「00:00:00.01pm」、『拡張幻想』所収の大西科学「ふるさとは時遠く」ですね。それから、冒頭に引用しているバリー・N・マルツバーグ「ローマという名の島宇宙」にもまた違った影響を受けていまして、このあたりのタイトルを見れば、これからどんな物語が語られるのか、わかる人にはわかるはずです。

――そうしたコアなSFファン向けの仕掛けもたくさんしている一方、SFに詳しくなくても楽しめる作品になっています。非常にエモーショナルで青春小説としても秀逸だと思いました。

伴名:自分としてはSFのセンス・オブ・ワンダーの部分が好きで書いている一方で、できるだけ多くの読者に読んでほしいと願っています。そこで、ワンダーをドラマに活かして書ければより広い読者にその魅力を届けられて、より多くの人にSFの面白さを知ってもらえるだろうと考えて、エモーショナルな要素を入れています。SFの読み手も書き手ももっと増えてほしいと思っているんです。

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