作曲は“モード”から始めるべし? 『作曲の科学』が伝える、異色の作曲理論
著者のフランソワ・デュボワは世界的なマリンバ奏者/作曲家として活躍するフランス人。その独創的な音楽活動を通して、当時ほとんど存在していなかったマリンバソリストとしての道を開拓し、作曲家としても目覚ましい業績を残してきた人物だ。教育にも熱心で、1998年から慶應義塾大学で「音楽専攻ではない学生に向けた」作曲講義の教鞭をとるなどの経歴を持ち、「デュボワ・メソッド」と呼ばれるキャリア教育の手法も開発している。本書はそんな著者の経験を通して生まれた異色の作曲理論本である。
「作曲」と聞けば漠然とした感性の世界をイメージする人も少なくないと思うが、著者は創作の要素として「感性」の重要性を認めつつも、音楽理論や楽典(読譜や記譜の方法)といった知識をインプットしておくことも必要不可欠だと説く。例えば、風呂場で何気なく口ずさむようなメロディも大きな枠では「作曲」に違いない。しかし、それが洗練された「楽曲」に昇華されるには、どんな音色で、どんなハーモニーや拍子で奏でられるかに創意を凝らす必要がある。
リスナーは曲を聴く際、無意識にさまざまな期待をします。心地良い和音の登場や、すでに知っていたり気に入っていたりする和音の出現、あるいは、覚えやすいメロディ展開などを期待しながら聴き進めます。それは、ポピュラー音楽が成立するための重要な条件でもあります。(本書より引用)
こうしたことに考えをめぐらせるためのツールが、本書で説明されている知識、つまり「作曲の科学」なのである。
内容的には音楽理論本と言って差し支えない。楽譜のこと、理論のこと、それに現代音楽における代表的な楽器の特性、王道のコード進行や著者独自の作曲TIPSなども紹介されている。題材はクラシックから松任谷由実やレディー・ガガなどのポップスまで幅広く、どんなジャンルの音楽に属していても違和感なく読み進められるようになっている。
そんな本書の特徴は、非常にバランス良く「作曲」に焦点が当てられている点だろう。一般的な理論書はどうしてもアカデミックかつ網羅的な内容になりがちで、その難解さから挫折者を生むことが多い。本書はそのあたりが絶妙だ。作曲に必要最低限な理論的知識を、音楽未経験者でも理解しやすいように書かれている。例えば、作曲の要素をメロディを表現するための「横軸」と、ハーモニーを表現するための「縦軸」とに分け、それぞれを「足し算」「かけ算」という算数の考え方に置き換えながら説明しているところは出色で、混乱しやすい拍子や小節、音程などの概念も簡単に理解できるよう工夫されている。