『逃げ恥』海野つなみ先生が語る、“ざっくり”な愛情論 「もっとゆるい感じで繋がっていていい」
「“恋愛”に限らずもっとざっくりとした“愛情”でいい」
――許容されにくくなったのは、「自己責任」が叫ばれるようになってからでしょうか?
海野:その感覚はありますね。責任感が強すぎると他人を責めやすくなりますから。「自分がこんなにすごい気をつけてるのに、あいつは全然責任感がない! なんたることだ」みたいに。でもコミュニケーションだって失敗しないと、学べないこともあると思うので。
――失敗を許容できる体制じゃないと、余計にギスギスしやすくなしますしね。
海野:そうそう。そこにも“遊び”が必要ですよね。「失敗してもなんとかなる」じゃないと。今はどこもギリギリの体制なのか、失敗しないことを前提にし過ぎじゃないかなって思うんです。余計に怖がりになってるかもしれません。平匡さんのように。
――平匡さんも、ちゃんと失敗してますからね。マンガの中で。
海野:実は、平匡さんに関しては前半の方で、結構男の人の方が「平匡はダメだ」みたいなことを言う人がいたんですよ。「ダメなところがいいんですよ〜」とか言っても、いや「ダメダメ」みたいな。男は男に厳しいな、とも思いました。
――確かに、同性は同性に厳しくなりがちですよね。
海野:そして自分にも他人にも厳しい人たちが上に行ったりして、根深いんですよ。その厳しい眼差しが権力と結びつき……というのがというのが、男性の呪いの底が深い理由かもしれませんね。
――高齢童貞・処女だったり、バツイチだったり、セクシャルマイノリティだったり……。『逃げ恥』では、いろんな事情を抱えたキャラクターが“傷つきたくない”、“失敗したくない”って閉じこもっていた心を、少しずつ開いていきますよね。私たちも自衛するばかりではなくて、少し遊びや余裕を持っていいんじゃないかという気分にさせてくれるところが好きです。
海野:ありがとうございます。傷つきたくなくても、傷つきますからね。「なんでこんなことで?」っていう些細なことで、「うぅー」みたいなこともありますから。あとは、いかにそこから浮上する方法を、自分でストックしておくか。
――自分で自分の機嫌をとる方法がすごく大事ですよね。それがないと……。
海野:なんでわかってくれないの? って。
――それ、ありますね(笑)。海野先生もありましたか?
海野:多かったですね〜。同時期で投稿してる人とかと比べて“あの人もうデビューなのに、なんで私まだなの”とか、いろいろありましたよ。もちろん今もあるけど。
――何かありますか? 自分を元気にする方法は。
海野:料理はいいですよね。お菓子とか作ると、すごく落ち込んでても何かしら美味しいものが出来上がって、ちょっと気持ちが晴れますし。ちょっといいお肉とか、なかなか売ってない調味料とか、特別感も演出できるからオススメです。佐藤さんは、ありますか?
――私は、お風呂ですかね(笑)。マンガとか動画を見ながら、いつまでも入ったり。
海野:体にいいことしてる感もあり! みたいな。いいもの食べて、ちゃんとお風呂に入って、健康的な生活してるっていうのは、心に栄養がいきますよね。たまに、もう何も作りたくなくて、“わー、ポップコーンは食物繊維ー!”とか言いながら食事を済ませた日なんて、“あーダメ人間”みたいな気分になるし(笑)。逆に、甘やかしデーって割り切っちゃう日もありですけどね。
――そのパターンのうちの1つとして、別のコミュニティがあるというのも大きいかもしれませんね。同じところにとどまっていては煮詰まってしまう。
海野:人と人って、もっとゆるい感じで繋がっていていいと思うんですよ。結婚も、横にいるのも嫌とかでないぐらいの関係でもできるんじゃないかと。
――なるほど。いつからか恋愛や結婚に、共同幻想みたいなものを抱きすぎていたかもしれません。
海野:私の周りにも、恋愛を全然しない人や、全く人を好きになったことがないっていう人もいるし、そういう人は「日本って本当に何を見ても恋愛恋愛って。みんな、なんでそんなに恋愛が好きなの?」みたいなことも言ってて。実際そうだよなって。“恋愛”じゃなくて、“愛情”って言ってしまえば、すごくいろんな形がまわりにたくさんあふれているのに。恋愛に限っちゃうから、「自分は恋愛ができない」「自分はパートナーがいない」とかなっちゃうけど、もっとざっくりとした“愛情”でいいんじゃないかなっていう気がします。
――ちょっと見方を変えると、その時々のパートナーと呼べる存在はいそうですよね。
海野:それこそ人間じゃなくてもいいと思うんです。動物でもいいし、なんだったらぬいぐるみとか、異次元とかでもいいんですよね。例えば「自分はあの本のこの一節に支えられて生きてきた」って思いながら死ぬのは、すごい素敵なことだと思うんですよ。そういう心のパートナーを持って、楽しく生きているのであれば、周りから「お前は寂しいはずだ」なんて糾弾される筋合いないですからね。
――それこそ“普通の幸せ”そのものが、大きな呪いなのかもしれません。
海野:「普通でいいんだよ」って、その普通の理想が高いんですよね。「いや今は、その普通がなかなか……」ってところで。“普通の人”ってそんなにたくさんいないですからね、実際は。
――今後、『逃げ恥』でも、そうした呪いを解いていく展開になるのでしょうか?
海野:いやいや。そういうのを背負っちゃうと、説教臭くなっちゃう気がするし、価値観って“今はこれが正しい”とか自分で思ってても、10年後に「あれ、違いましたー」とか言えなくなっちゃいそうで(笑)。
――それこそ、遊びがなくなっちゃう?
海野:そうそう。失敗できないってなっちゃうと大変なので、とりあえず自分が「こうやって考えてみると意外とよかったよ」くらいの、ライフハック的な感じで頑張ろうと思います(笑)。
(取材・文=佐藤結衣)
■海野つなみ(うみの・つなみ)
兵庫県出身。1989年、『お月様にお願い』でデビュー。代表作は『Kissの事情』、『デイジー・ラック』、『回転銀河』、『逃げるは恥だが役に立つ』など。2015年、『逃げるは恥だが役に立つ』で第39回講談社漫画賞(少女部門)を受賞。同作は2016年、TBSでドラマ化されて大ヒットした。
■書籍情報
『逃げるは恥だが役に立つ 10巻』
コミック:176ページ
発売中
出版社:講談社
『逃げるは恥だが役に立つ 公式コミックガイド』
コミック:192ページ
発売中
出版社:講談社