大森靖子、変化と不変が渦巻くステージの美しさ ピンク色のサイリウムがまばゆく照らした超歌手の現在地
最強のソウルファンクバンドと化したバックバンドとともに、大森靖子もまた最強の超歌手となった。2012年以来ライブを見てきたが、2024年12月14日に開催された『THIS IS JAPANESE GIRL TOUR 2024』の豊洲PIT公演は屈指のものだった。まだ変わり続け、更新していくのかと度肝を抜かれた。会場の豊洲PITに着いてみると、ピンクをまとった若い女の子が圧倒的に多い。なぜ当日券が出ていたのかと思うほどの満場ぶりだ。
開演すると、「THIS IS JAPANESE GIRL」がSEとして流れるなか、キーボードのsugarbeans、ギターの設楽博臣、ベースの千ヶ崎学、ドラムの張替智広、コーラスとパーカッションの宇城茉世がステージに。そして、大森靖子がお祓い棒を手にしてステージに登場し、「大森神社」が始まった。バンドの強靭な演奏と、大森靖子のしなやかな歌声が響いていく。代表曲のひとつである「ミッドナイト清純異性交遊」では、ピンクのペンライトの海が豊洲PITに広がった。落ちサビでの演奏のキメも冴えている。圧倒的な疾走感を持つ「VOID」では、コールアンドレスポンスの声が若い。そうした「VOID」での光景は、最近の大森靖子のライブを象徴するものだ。
MCで大森靖子が「おかえり」と叫び、ファンが「ただいま」と叫ぶコールアンドレスポンスを経て、「だれでも絶滅少女」「TOBUTORI」と疾走感のある楽曲が続いた。ただ速いのではなく、グルーヴに貫かれており、特に「TOBUTORI」では、大森靖子の声の伸びやかさとともに壮大なスケールを生みだしていた。
大森靖子はMCで「ビジュ」だけではない「かわいい」を志向していることを明言。「絶対絶望絶好調」は、2014年のメジャーデビューアルバム『洗脳』の1曲目にして、続く「子供じゃないもん17」も『洗脳』の収録曲だ。シャッフルビートとともに奏でられる「子供じゃないもん17」は、ファンから公募して2024年に公開されたMVがすでに257万回再生され、TikTokでも大きく流行した。大森靖子の楽曲は、10年の歳月を平気で乗り越えてしまう。「子供じゃないもん17」の前に、大森靖子が「みんな好きな性別で生きていけるよね」と言ったのも印象的だった。「幸内炎」の淡いソウル風味も心地いい。
MCでは、設楽博臣がレポーターとして豊洲市場に来たという設定の芝居も。sugarbeansがBGMを弾き、千ヶ崎学が魚屋の演技をした。妙にこなれている。その間、大森靖子はファンにレスをふりまいていく。そして、設楽博臣が突然クイズを出題。豊洲市場で1日に取り引きされる魚介類600種類1500トンの規模は世界何位かというクイズだ。そして、そのまま「超天獄」に流れこんだ。なお、回答は聞き逃した。
「超天獄」は『THIS IS JAPANESE GIRL』の音源だとシティポップだが、ライブになると最高のソウルファンクフュージョンへと変貌していた。向井秀徳が作詞作曲編曲した「桃色団地」は、『THIS IS JAPANESE GIRL』では打ち込みだったが、ライブではファンク化しており衝撃を受けた。特に千ヶ崎学のベースが強烈だ。さっきまで魚屋だったとは思えない。「田中愛愛愛子」も『THIS IS JAPANESE GIRL』と色合いを変え、けだるさを含んだブルージーなアレンジになっていてしびれた。このライブの前夜である2024年12月13日に戦慄かなの出演のMVが公開された「SickS ckS」では、歌詞カードにないはずの言葉が聞こえた気がするほど明瞭に発音されており、演奏も『THIS IS JAPANESE GIRL』以上にグルーヴに満ちていた。落ちサビでの設楽博臣のギターもソリッドだ。
バンドとの相互作用は「ひらいて」でも続き、大森靖子は高音が冴え渡るソウルシンガーのようになっていた。ぐちゃぐちゃとした感情を描くのは、まさに大森靖子の真骨頂である。「最悪」と吐き捨てて「ひらいて」は終わった。孤独とその肯定が歌われる「さみしいおさんぽ」は、〈脅されても立つよ〉というフレーズに胸が震える。そして、大森靖子はフロアのファンの中を歩きながら歌っていき、「美しいひとりぼっちたちよ!」と呼びかけて「さみしいおさんぽ」を終えた。
こうした『THIS IS JAPANESE GIRL』の新曲群を軸にしたパートで、歌も演奏も非常に優れていたことは、今回の『THIS IS JAPANESE GIRL TOUR 2024』の充実ぶりを雄弁に物語る。