andymori、今なお放つ孤高の存在感と青臭さ CDデビュー15周年、解散から10年に寄せて

 andymoriが解散してから、今年で10年が経つ。

 日本語ロック史に影響を与えたバンドはいくつか名前を挙げることができるが、2000年代後半から2010年代前半にかけて、大きなインパクトを与えたバンドをひとつ選ぶとすれば、andymoriの名前を挙げたくなる。

 理由はいろいろとある。当時のシーンにおいてそれだけ存在感が大きかったし、音楽性やスタンスにも無二性があった。さらに言えば、現在ロックバンドシーンの最前線で活躍しているバンドマンのなかでも、andymoriからの影響を公言する人が一定数いる点からみても、彼らの存在は大きい。CDデビュー15周年を迎えた昨年末、レーベルスタッフアカウントとしてandymoriのInstagramとTikTokを開設した際に大きな話題を呼んだことも、その証左と言えよう。

 なぜandymoriは、さまざまな音楽好きを熱狂させたのだろうか?

 まず、andymoriが描く楽曲は不思議な魅力に満ち溢れていた。懐かしくもあり、新鮮でもある刺激。それこそ、15年前の2009年にリリースされた1stフルアルバム『andymori』は、そんな楽曲ばかりが収録されていた。「everything is my guitar」も「ベンガルトラとウィスキー」も「すごい速さ」も、エッジの効いたガレージ感のあるギターが炸裂している一方で、ベースとドラムは自由を謳歌するかのように疾走感をもってビートを刻んでいく。ゴリゴリしているのに軽快という耳心地。なにより、小山田壮平(Vo/Gt)が生み出すノスタルジックなメロディと伸びやかで屈託のない歌声が、時に青臭く、時に不器用ながらも、独特で強烈な景色を描いていた。

andymori「すごい速さ」
andymori「everything is my guitar」

 そして、即効性のあるエネルギッシュなナンバーが印象的だったからこそ、2010年リリースの2ndアルバム『ファンファーレと熱狂』に収録されている「1984」が発表された時のインパクトも強烈だった。牧歌的でもあり哀愁的でもあるこの歌は、andymoriの持つ儚さをそれまでとはまた違った形で表現してみせたのだった。

 今振り返っても、andymoriは当時のロックシーンをサバイブし続けていたように思う。しかも、その中心人物である小山田は、andymoriの生き急いでいるような音楽性と、あまりにもリンクする生き様を貫いていた。破天荒にも思える小山田の行動によって、何度かライブを飛ばしたこともあった。それらは、不器用ながらも青臭くて率直だったandymoriの音楽性の延長線上にあったように思うし、そういう人間が生み出した音楽だからこそ、andymoriの作品には独特の刺激がもたらされていたように思う。

1984

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