連載『lit!』第77回:ボカロ『無色透名祭Ⅱ』登場の名曲4選 異端イベント見出す新たな才能も
去る2023年11月初旬、VOCALOIDシーンにおいて大きな話題を集めたイベントが開催された。初音ミク『マジカルミライ』(『マジミラ』)や『The VOCALOID Collection』(『ボカコレ』)とも並びうる注目を浴びた投稿祭イベント、それが『無色透名祭Ⅱ』である。
日本どころか全世界の音楽シーンを見ても例を見ない、非常に前衛的な取り組みを行う本イベント。その最もユニークな点は、「名実共に完全無名の才能の原石を掘り出す機会」と成り得る点だ。
イベントのルールは至極単純。全員が匿名かつ共通のフォーマットで音声合成ソフトによる楽曲動画を投稿する、それだけである。これで何が起こるかというと、ネームバリューや映像・作画クオリティ、あるいはブランディングといった外的要因を一切排除した、純粋な音楽のクオリティのみという同じ土俵で全員が勝負できる。つまり、質の高い音楽を作る地力は持ちつつも、これまで数多の楽曲に埋もれていた才能が日の目を見るチャンスがあるというわけだ。
イベント自体は原則競争を目的に据えず、『ボカコレ』と違いランキング形式を取らない点もひとつの特徴となる。しかしどうしてもニコニコ動画のサイトフォーマット上、再生数の大小による序列はついてしまう。
イベントに際して投稿された楽曲は4000曲以上。数多の秀作があったことは大前提の上で、今回はその中でも話題を集めた参加曲をいくつかピックアップ。無名の制作者による一躍脚光を浴びた力作から、すでに盤石の人気を得るクリエイターの評価に見合う実力を感じさせる曲まで。実に多彩な作品が、シーンの新たな座標点とも成り得る一大イベントを艶やかに彩った。
youまん「ワーニングタイム」
イベント参加曲のうち、最速でニコニコ動画でのVOCALOID殿堂入り(=10万再生)を果たした「ワーニングタイム」。主に曲を構成するのは、ドラムのビートとリズミカルなベースにピアノの和音、そして軽やかでキッチュなシンセというかなり稀少な音数のみ。しかしそれだけの武器でここまで大勢の耳を惹きつけるポップなナンバーを作る、その地力の高さは再生数の評価に充分見合うものと言えるだろう。匿名段階ですでに作者を特定したリスナーも大勢いたが、予想通り制作者の正体はyouまん。直近はやや寡作気味なボカロPではあるものの、隠しきれないその強烈な個性を今作で再確認したリスナーもきっと多かったに違いない。
いよわ「電脳学級会で会いましょう」
「ワーニングタイム」から一転、「電脳学級会で会いましょう」は非常に複雑なエレクトロサウンドで構成された手の込んだ一作。VOCALOIDを用いた電子音楽らしい癖の強い音感でありつつも、一歩違えば煩雑になる音作りを絶妙なラインでまとめ、不快感を掠める際のレベルに照準を当てた音圧でミックスを施していたりと、一言で表しきれない作り込みを感じさせる。結果、蓋を開ければ予想通りの制作者と評する人もいた一方で、彼のアイデンティティたる特徴的なピアノの不協和音がなく当てが外れたという人も。聴く者を翻弄する楽曲構成に定評のあるいよわが、イベント結果でも大勢のリスナーを翻弄した点は非常に彼らしい結末であったとも言える。