連載「lit!」第65回:稲葉曇、海茶、いよわ……『ボカコレ2023夏』これからのボカロ史の座標点となる秀作4選

 ちょうど数日前。去る2023年8月31日は音声合成ソフト界を切り開いた“第一人者”、VOCALOID・初音ミクが設定年齢と同じ“16歳”の誕生日を迎えた。彼女の活躍によって今なお隆盛を見せるボカロシーンは今夏も様々な催し物によってにぎやかに彩られている。そんな現在のシーン最先端を注視するリスナーの中には、年間の内でも貴重な“新曲祭り”のタイミングとなる『The VOCALOID Collection ~2023 Summer~』(通称:『ボカコレ2023夏』)にて投稿された多数の曲を、まだまだチェックしきれていない人もきっと多いことだろう。

 日々目まぐるしくトレンドの移り変わるボカロシーン。その現在地点を把握するうえで、特にこの『ボカコレ』で大きな注目を集めた楽曲のチェックは欠かすことのできない作業ともなる。そこで今回は8月初旬に開催された『ボカコレ2023夏』において、多数のリスナーから根強い支持を得た楽曲をピックアップ。これまでとこれからのボカロ史における座標点ともなった秀作を、ぜひ一聴してみては。

稲葉曇『リレイアウター』Vo. 歌愛ユキ

稲葉曇『リレイアウター』Vo. 歌愛ユキ

 やはり今夏のシーンにとって、『ボカコレ2023夏』総合ランキングにおいて見事トップに輝いた稲葉曇「リレイアウター」の存在を欠かすことはできない。直近ではSNSのバズ曲やCM出演でにわかにスポットを浴びた、2009年登場のVOCALOID・歌愛ユキ。元よりシーンリスナーの中では彼女の名手として名高い存在だった稲葉曇だが、一朝一夕で醸成されたものではない、彼女へのあまりにも深く大きな愛情が大勢のリスナーの琴線に触れた結果が今回の受賞にも繋がっているに違いない。「彼女へ頂を見せたい」という稲葉曇の祈りと、その思いに見事応えた歌愛ユキ。まさに両者の二人三脚によって成し遂げられた、それはあまりにもドラマティックなひと夏の偉業だった。

海茶『おどロボ / 琴葉姉妹 with ずんだもん』

海茶『おどロボ / 琴葉姉妹 with ずんだもん』

 続いてのピックアップは、『ボカコレ2023夏』ルーキーランキングにおいて1位を獲得した、海茶による「おどロボ / 琴葉姉妹 with ずんだもん」。今作のみならず、総合ランキング2位を獲得した なみぐる「ずんだシェイキング」や、後述のネタ曲投稿祭1位楽曲など、直近のシーンブームを間違いなく兼任する存在となっているのが、もともとは喋る音声合成ソフト・VOICELOIDとしての役割から始まった“ずんだもん”だ。

 ピコピコとした電子音や16bitのドット絵で描かれたキャラクターたちの映像など、どこかレトロなインターネットミュージックの趣を漂わせる本作。新旧問わず多彩なカルチャー/ジャンルから作品内に散りばめられたオマージュ要素も、幅広くリスナーを楽しませる一因となっている。

【ずんだもん】⠀ネ⠀土⠀会⠀ェ⠀貝⠀南⠀犬⠀☆⠀カ⠀ゞ⠀ん⠀I⠀よ⠀″⠀る⠀ノ⠀D⠀A⠀!!。/ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ

【ずんだもん】⠀ネ⠀土⠀会⠀ェ⠀貝⠀南⠀犬⠀☆⠀カ⠀ゞ⠀ん⠀I⠀よ⠀″⠀る⠀ノ⠀D⠀A⠀!!。/ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ

 続いては今回初のコラボ部門として設立された、ネタ曲投稿祭ランキングにて1位を獲得する「ネ⠀土⠀会⠀ェ⠀貝⠀南⠀犬⠀☆⠀カ⠀ゞ⠀ん⠀I⠀よ⠀″⠀る⠀ノ⠀D⠀A⠀!!。」。ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ はこれまでにも俗に言う“ネタ曲”でボカコレに挑み、その度にある種のムーブメントをシーンに巻き起こしてきた。しかしこれまで頂に輝いたことは一度もなく、今回のネタ曲投稿祭ランキングが初のトップ賞獲得ともなる。

 インターネットにおける非常に局所的な、いわゆる“内輪ノリ”と呼ばれても致し方ない作品である一方、ネタ曲というジャンルは黎明期よりシーンの一角を確かに担ってきた。大衆的に優れた音楽作品の輩出と、こうしたドープカルチャーの共存が成立する点もまた、今日まで続くボカロ文化の懐の広さでもあるのだろう。

少女レイ - いよわRemix

少女レイ - いよわRemix

 最後に紹介するのは、毎回オリジナル曲部門にも負けず劣らずの注目を誇るリミックスランキングより。今回栄えある1位に輝いた、いよわ によるリミックスが施された「少女レイ」だ。原曲となる みきとPによる作品は、夏の時期にぴったりの爽やかなメロディラインやイメージイラストと、それに反してどこか不穏で重苦しいムードを匂わせる歌詞のギャップが大勢の興味を惹きつける一作。もとより、不協和音や他の追随を許さない独特な広がりのあるサウンドメイクを強みとするボカロP・いよわ のリミックスによって、楽曲は歪さや狂気の滲む一面をより強烈に引き出す形へと変貌を遂げた。ぜひ音響を整えた環境で、最後まで余すところなく音そのものをしっかり堪能したい作品に仕上がっている。

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