Awich、ちゃんみな、ZORN……アリーナ規模に登り詰めるラッパーたち 聴き手を捉えてやまない壮絶な人生から生まれるリリック
5月27日・28日に幕張メッセ国際展示場9~11ホールで開催された国内最大級のヒップホップフェスティバル『POP YOURS』。その2日目の大トリを飾ったAwichが、かねてより公言してきた自身初のアリーナ公演『Queendom -THE UNION- at K-Arena Yokohama』を11月5日に開催することをステージ上で発表した。
近年、日本のヒップホップシーンの盛り上がりとともに日本武道館での単独公演を開催するラッパーやヒップホップグループは増えてきており、ラッパーにとって同ステージに立つというのは現実的な目標になりつつある。しかし、収容人数がもうワンランク上になるアリーナクラスの単独公演を実現したラッパーはZORNやちゃんみななどに限られ、そのステージにAwichも到達することになる。そこで本稿ではアリーナクラスのラッパーへと登りつめたAwichやZORN、ちゃんみなの魅力を考察していきたい。
まず彼らの魅力として、ライミングやフローなどのラップスキル、声質、楽曲の完成度、圧倒的な存在感などいろいろと挙げられるが、他のラッパーとの一番の違いは彼らのバックボーンや生き様から放たれるリリックの強烈なメッセージ性にある。それが多くのリスナーの心に刺さり、共感を呼んでいるのだろう。そのため、10代~20代のコアなヒップホップリスナーだけでなく、30代以上のヒップホップリスナー、および普段ヒップホップを聴かないリスナーにも認知されファンを獲得しているのだ。
ZORN
その点について、書籍『ヒップホップの詩人たち』(都築響一著)の中でZORN(出版当時はZONE THE DARKNESS)は次のように語っている。
「けっきょく、普通に働くのがいちばん大変だし、普通に暮らすことがいちばん大変だし、でもそれがいちばん幸せな気がします。(中略)マリファナ売ってどうのこうのとかってラップしてるひとたちもいるけど、そんなのいちばん楽な道じゃんって、俺いつも思うんですよ。悪いことしか表現できないなら、悪いひとにしか届かないっていうか。(中略)普通の生活をして、普通のひとの目線で、普通の気持ちじゃないと、普通のひとに届かないって思うんですよね」
ZORNのこの言葉を体現している楽曲が「My life」だ。塗装工として週6日の現場仕事をし、日々せわしなく過ぎていく変わり映えしない日常に焦りと苛立ちを感じながら、ラッパーとして成功をつかもうとする葛藤。そして、それを支えてくれる家族に対しての感謝と愛を綴った名曲である。
〈だいたいこんなもんさMy life/昨日も今日もまぁ変わりない/なんにもいいことなんてない/けど言葉にできない感謝に愛/歌いたいことを歌いたい/伝えたいことを伝えたい/題名なんて付いてない日/握る小さな手とMIC〉
〈今週日曜どこに行こう/その日のため6日を生きよう/誰かの幸を願えたら/きっともうこれ以上はねぇんだな〉
昨年11月に開催されたさいたまスーパーアリーナでの公演で、ZORNは「All My Homies」に乗せて東京ドームでライブを行うことを宣言している。以前、ZORNがラジオ番組『WOW MUSIC』(2021年9月4日放送回)でKREVAと対談した際に「ヒップホップの純度が高いまま国民に認知されるラッパーになりたい」と言っていたが、もし東京ドーム公演が実現すればラッパーとしては初の快挙となる。これからも等身大の日常を歌うZORNの活躍から目が離せない。
Awich
次にAwichの自伝的楽曲である「Queendom」を紹介したい。アメリカ人の夫が銃撃事件によって亡くなるという衝撃的な経験をし、シングルマザーとして一人娘を育てなければならないという現実の中で一度はラッパーになる夢を諦めたAwich。しかし、彼女が現在所属するクルー・YENTOWNのプロデューサーであるChaki Zuluと出会ったことで再び夢を掴むために立ち上がり、日本武道館のステージに立つまでのストーリーを歌った曲だ。
〈その頃の私はまだ無名/諦めてたステージに立つ夢/忘れかけていたビジョン/マイナスから数えるミリオン/読み返す幼いリリックを/そのまま引き出しにしまうの?/人生は引き返せない二度と/チャンスは自分で掴むもの/もう一度書き直すシナリオ/ゴールに向かい進むLet me go〉
過去を後悔してあの時こうしておけばよかったという経験をしたことは誰もがあるはず。しかし、人生は自分次第で何度でもやり直せる、未来は変えられるという彼女のメッセージからは多くの人が力強く生きる勇気をもらえるに違いない。