Awich、BAD HOP、JP THE WAVY……ヒップホップ、ラップにおける重要人物たちの活躍 クロスオーバーが促すシーンの活性化
最近はテレビ、ラジオ、フェス……様々な場所でラッパーの姿を見ることが増えた。R-指定とDJ松永の2人によるヒップホップユニット・Creepy Nutsは数多くのバラエティ番組にも出演しお茶の間のスターに。川崎区出身の8MCによるHIPHOPグループ・BAD HOPや、MCラッパー・ZORNは単独での武道館公演を成功させ、多くのオーディエンスを熱狂させた。変態紳士クラブやBLOOM VASE、¥ellow Bucksの曲が、いわゆるJ-POPの曲たちと並んでストリーミングチャート上位にランクインしているなど、曲や名前を耳にする機会も格段に増えてきている。
これらの商業的な成功とメジャーへの浸透、そしてストリーミングサービスによる聴取環境の変化は、かつてはアンダーグラウンドだと思われていたヒップホップ、ラップミュージックを今やメインストリームとの境をなくし、公共の電波でも取り上げられる機会も増え、ジャンルへの関心や認知度は確実に上がっている。
では、そんなシーンの中心地はどこにあるのだろうか。手掛かりとしてまずは、Awichが7月30日にリリースした新曲「GILA GILA feat. JP THE WAVY, YZERR」を手がかりに考えてみたい。なぜならここには近年のシーンの重要人物が集っているからだ。
このMVは公開開始から1週間でYouTube上での再生回数が100万回を超え、曲中のJP THE WAVYのヴァースにおける〈この3人ならたちまちバズったり〉というラインの通りの結果をたたき出しているわけだが、そもそもこの3人がそれぞれ新曲を出したとして、それをチェックしない日本のラップリスナーが果たしてどのくらいいるのだろうか。そういった疑問が浮かんでくるほど、Awich、JP THE WAVY、YZERRの、シーンにおける重要度に疑いようはない。
その才能とアーティスト性を鑑みてみれば、Awichのここ1年ほどの躍進は当然のことともいえる。アトランタ在住中に当時の夫を亡くし、喪失感を抱え沖縄に戻ってきたAwichは、自身のルーツから悲劇に至るまでの経験と感情を音楽に昇華。そこから生み出されたのが、『8』や『孔雀』といった、傑作と称して差し支えのないアルバム作品であったわけだが、これらを聴いてわかるのは、彼女の音楽が決して自身のパーソナルな経験や人生から切り離せないということである。
例えばそれは、YZERRにもいえる。貧困や暴力、借金など複雑な環境下から脱し、2018年には武道館でのライブ公演を成功させたBAD HOPのメンバーにヒップホップドリームを見る者も少なくないだろう。彼らの音楽もまた、そのストーリーを曲に感じさせ、強いエモーションを宿す。
そういったスタイルや作品に説得力と奥行きを与えるようなバックグラウンドを持つAwichとBAD HOPだが、両者がサウンドの洗練に力を注いでいることは、シーンにとって何よりも重要なことかもしれない。
例えば「GILA GILA」のプロデュースも手掛けたChaki ZuluはAwichの音楽を語るうえで外せない人物だが、いわゆるトラップミュージック以降のサウンド解釈として、確かなものをこのコンビは提示してきているといえるのではないだろうか。例えば「GILA GILA」は、トラップとUKドリルの境を曖昧にするような、グローバルなトレンドをアップデートさせたサウンドで勝負を仕掛けている。毎回、工夫を凝らしたサウンドスタイルを観客に突き付け、様々な可能性と進化の形を見せてくれる。
一方でBAD HOPが2019年にリリースしたEP『Lift Off』はLAにて制作、Metro Boomin、Mustard、Murda Beatzなど、人気プロデューサーが多数参加した作品であった。そういったプロダクション面でのクロスオーバーで、USラップのシーンを追うリスナーもその射程に収めている。
海外シーンのリスナーをサウンドの面で惹きつけるというのは、ストリーミングによって各国の曲と同時進行的に聴取されやすくなっている現代の音楽シーンにおいて非常に重要なことであるだろう。それはJP THE WAVYにもいえる。レアスニーカーを履くこのラッパーは、つい最近でも、シリーズ9作目となる映画『ワイルドスピード/ジェットブレイク』のサウンドトラックに参加したばかりである。思えば、彼が2020年に発表したアルバム『LIFE IS WAVY』は、トラップを主軸とした多彩で洗練されたビートの充実、良い意味で意味性の薄い、語感とメロディの快楽で魅せるフロウ、海外アーティストとのコラボレーションによって、グローバルな基準でも十二分に間口の開かれた作品であった。そういった軽快な越境性や、トレンドをアップデートしていく確かな音楽性とそれに見合うスキルこそ、USやラテンのラップミュージックが多くかかるブロックバスター映画において違和感なく彼が溶け込んでいる所以である。