くるりが田中宗一郎と語り合う、音楽作家として迎えた確かな変化 ポップと実験を往来してきた特異なアティテュードの変遷
くるりのJ-POP接近も!?
田中:ちなみに、海外のポップミュージックの楽曲構成では「ヴァース」「コーラス」を基本パートとしているのに対して、J-POPやJ-ROCKは「Aメロ」「Bメロ」「サビ」「Cメロ」というパートの呼び方をしますよね。単なる言葉の違いを超えて、両者では曲の成り立ちや緩急が変わってくると思うんですけど、くるり内では楽曲のパートをどう呼んでいるんですか?
岸田:ループっぽいものを作ってメロディを後づけする場合とか、歌詞先行で書いたものを音楽的にまとめていく場合は、わかりやすく「ヴァース/コーラス」にすることが多いですね。でも、くるりはメロディ先行の曲も多いんですよ。初期はリフを作って、それに合わせて適当に歌っているのが多かったけど、『ワルツを踊れ Tanz Walzer』(2007年)くらいから、1モチーフが長いメロディを中心とすることが増えていますね。「ジュビリー JUBILEE」とか「ブレーメン BREMEN」は、モチーフAをヴァース、Bをコーラスとするみたいな感じでしたし。あと最近たまにやるのが、ヴァースで出したメロディを逆読みして、その変奏を作るやり方ですね。まあ、どちらにしろ、自分はJ-POPの「Aメロ/Bメロ/サビ」という展開が苦手で、それはくるりの弱みでもあると思いますね。ただ決してそういう曲がないわけじゃなく、「ワンダーフォーゲル」ではBメロがありますね。
――振り返れば、あの曲は異色作という印象が強いですよね。
岸田:あの曲も最初に作った時は打ち込みじゃなかったし、イントロなしのヴァースだけで、Bメロもサビもなかったんですよ。ヴァースの長いメロディが〈僕が何千マイルも歩いたら〉~〈水たまりは希望を 写している/写している〉まであって、あとは〈強い向かい風吹く〉があるだけ。そこからBメロとサビを作りました。〈ハローもグッバイも〉から始まるサビの音程もめちゃくちゃ高いんですけど、楽勝で歌ってたのを覚えてますね……なんとなくあの頃は僕らもウェイウェイでイケイケやったんでしょうね(笑)。地元の人たちに見せられない服を着て歩いている感じもあったし。今あの曲を作ったら、Bメロもサビもなかったと思いますけど、割とそういうウェイウェイ感は、これからのくるりにちょっと必要かもしれないと思いますね。
佐藤:前作の『図鑑』にはそれは出てへんよな。
岸田:『TEAM ROCK』(2001年)って、くるりに通底する感じと違うやん? でも「あれになりたいなー」と思う時がたまにありますね。同じ4つ打ちのシングル曲でも「WORLD’S END SUPERNOVA」って暗いんですよ。構成もヴァース/コーラス/ミドルエイトだし。でも「ワンダーフォーゲル」は明らかにJ-POPのコードに従っていて、ウェイウェイ(笑)。「ばらの花」もヴァース/コーラス/ミドルエイト。で、この『愛の太陽 EP』に入っている曲も、全てヴァース/コーラス……なんでBメロないの?
――(笑)。
田中:まぁ、Bメロって90年代以降の日本の特殊な文化だからね。で、明らかにK-POPはそれをヒントにしていて、ヴァース/プレコーラス/フック/ミドルエイトが基本的な構成。かつ、プレコーラスではビートを半分にして、フックで上げるという展開がかなりデフォルトになってる。あれはJ-POP発祥のBメロという発想をグローバル化させたものだとも言える。
岸田:なるほど。だからみんなK-POPを聴くのか。
田中:北米圏の音楽にはハーフリズムになるプレコーラスとかってほぼ存在しないからね。
岸田:ないですよね。他には落ちサビ文化も海外にはないですよね。
田中:ない。
岸田:僕が客員教員をやっている大学の授業で、「ヴァースとは」「コーラスとは」みたいな話をした時に、学生にオリジナルの楽曲構成を考えさせる課題を出したんですけど、それで学生たちが作ってきた構成に「落ちサビ」って書いてあって。思わず学生に「落ちサビってなんですか?」って聞いて納得したんですけど、落ちサビが当たり前という感覚がすごく新鮮でしたね。佐藤:最近めっちゃ多いで、落ちサビ。コーラス1に対してのコーラス2とか、サビ1に対するサビ2じゃなく、「落ちサビ」って普通に書いてあるし。
岸田:そのあたりって興味あるし、実際にやってみたい感じはあるんですけど、自分の趣味とか美学とか音楽を作る上での効率とめちゃくちゃ離れてるから、自分の体格でやると不思議な感じがするんですよね。
でもこの間、無計画にスティーヴィー・ワンダーみたいな、ファンキーなクラビネットを入れた曲を作っていたら、自然と脳内で落ちサビ構想が生まれて「やっとJ-POPの真髄にちょっと近づいたかも」って思いました。
――それくらい断絶があるわけですよね。
岸田:僕ら、ニューミュージックは聴いていたけど、やっぱりJ-POPを卑下する文化圏で育っているんですよね。セルアウトするために、あえて「ワンダーフォーゲル」で“J-POP的”なチャレンジはしたけど、やっぱりくるりは通底してヴァース/コーラスや、より長いモチーフの追求とか、作曲優等生みたいなことをしてきたわけです。ただ、最近のJ-POPとかK-POPの高性能さから目を背けてはならないということは、Official髭男dismみたいなよくできた音楽を聴くと痛感するんですよね。
以前、田中さんと電話で喋った時に「繁くん、ヒゲダンとかKing Gnuとかちゃんと聴いてる?」って聞かれて、「いや、聴いたことないですけど」って話したら「そういうのもちゃんと聴かなあかん。猿真似でもええからやってみ」って言われたんですよ。「ああ、はい」って言って、しばらくしてからヒゲダンを聴いたら、「これはすごい。影響を受けるべき音楽だ」と思ったんですよね。思ってもみない方に進化しているというか、何を聴いて何をやったらこうなるのかわからへんくらい、僕の個人的な音楽史観と全然違うことになっていて。まだ僕はヒゲダンに追いつけないんですよ。でも、ようやく最近のJ-POPの構造的なことなど、いくつかヒントを掴み始めているので、これは次の動きか、そのまた次以降に、自分の作曲の中に結実させていきたい裏テーマになってますね。
――まさかの展開ですね。
岸田:例えば、『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』主題歌であるLiSAさんの「炎」。友人があの曲の凄さについて語ってくれたんですけど、一番の聞かせどころに歌詞がなくて「うおー」って言ってるのがたしかにマジやばいんですよ。僕も聞かせどころにどんな歌詞を載せるのかって今も悩むんですけど、竈門炭治郎が自我を分離させて守っている子どもとしての本心みたいな感情を、言葉じゃなく「うおー」で表現して、あの位置に持ってくるのは本当すごいなって。だからリリックと構成ということでいうと「J-POPは恥じるべき文化ではない」ということに気づき始めてるんですよ。
――おおっ。
岸田:ただ、最近バンド演奏していると、あらためて「僕らはやっぱりThe La’sとかジミ・ヘンドリックスが好きだな」と思う部分もあって。自分たちが「楽しいな」と思って音楽をやってる時は、J-POPとかメインストリームにあたるものと距離があるんですよ。いかに自分たちの本質が省エネなオルタナティブバンドかを感じてしまって、寂しいですね(笑)。
2023年のくるりのキーワードは「生き直し」と「裏切り」?
田中:これは俺から2人への質問なんですけど、『THE PIER』『ソングライン』『天才の愛』『愛の太陽 EP』という作品はそれぞれ結果的に、世の中やファンに対しての「嬉しい裏切り」的な作品だったのか、それとも世の中やファンにどこか寄り添うような「接点を意図した」作品だったのか、自己分析してもらえますか? それと、これから2023年末にかけてのくるりの活動がどちらに当たるものになりそうなのか、についても聞きたいです。
岸田:『THE PIER』は裏切りと接点のバランスをとった作品ですね。『ソングライン』は聴衆の側に寄ろうとした作品で、『天才の愛』はその真逆です。あの2作品は同じ出発点を持つ真逆の作品なんです。で、『愛の太陽 EP』は「『ソングライン』よりもナチュラルな形で、結果的に聴衆の側に寄った作品」だと思います。
今後の動きについては、まだどれがアウトプットされるかわからないので、なんとも言えない部分がありますね。ただ、『天才の愛』みたいな壮大な実験をまた繰り返すわけではないけど、僕と佐藤さんの思惑それぞれは全然違うものになるだろうと思っていますね。そして、僕が今やろうとしていることは、未開の地の開墾ではなく、開墾された土地に水をやって作物を育てていく「生き直し」みたいな感じです。
佐藤:それぞれの作品についての分析は、僕も全部一緒です。あと個人的には『ソングライン』の頃から昔の曲をやるようになったのも大きいと思っていて。40代になって過去の良さを再確認できるようになって、「忘れないように」「春を待つ」みたいな昔書いた曲をアルバムに入れることができたんです。それが別の方向でまとまったのが『天才の愛』。今回の『愛の太陽 EP』は、その両者が良い塩梅で繋がってできた作品だと思います。例えば「八月は僕の名前」もアイデアは昔からあった曲ですけど、きっと今じゃこんな歌詞は書けないし、ちょっと前までは歌えなかった曲なんじゃないかと思いますね。そして、今年のくるりの活動ですが、これから何が先に出るのかはわからないけど、僕は95%の裏切りになると思っています(笑)。
田中:5%は期待に応えるが、ほぼ裏切ることになる、と(笑)。
佐藤:次に何をリリースするかによりますけどね。ぜひまたその時にお話を聞いてもらえたら嬉しいです。
※1:https://realsound.jp/2022/09/post-1129487.html
■リリース情報
くるり『愛の太陽 EP』
2023年3月1日(水)発売
・初回限定盤A(CD+Blu-ray+特典CD):¥6,160(税込)
・初回限定盤B(CD+DVD+特典CD):¥6,160(税込)
・通常盤(CD):¥1,980(税込)
ダウンロード/ストリーミング
https://jvcmusic.lnk.to/qrl_Sunoflove_EP
<収録曲(全形態共通)>
1. 愛の太陽
2. Smile
3. 八月は僕の名前
4. ポケットの中
5. 宝探し
6. 真夏日
<初回限定盤付属Blu-ray/DVD>
『くるりライブツアー2022 at Zepp Haneda, 2022.08.04』
1. Bus To Finsbury
2. bumblebee
3. 青い空
4. 風は野を越え
5. Time
6. GIANT FISH
7. かごの中のジョニー
8. Tokyo OP
9. ロックンロール
『京都音楽博覧会2022 at 京都梅小路公園, 2022.10.09』
朗読 - 又吉直樹
1. 真夏日
2. 東京
3. ハイウェイ
4. 潮風のアリア
5. 琥珀色の街、上海蟹の朝
6. ばらの花
7. everybody feels the same
8. 太陽のブルース
9. ブレーメン
10. 奇跡
11. 宿はなし
<初回限定盤付属特典CD>
岸田繁:映画『ちひろさん』オリジナルサウンドトラック
1. ちひろさん
2. オカジとちひろ
3. おじさん
4. 白昼の狂気
5. マコトのお弁当
6. オカジとちひろ Ⅱ
7. 夏の日の出来事
8. ちひろの回想
9. 宝の地図
10. 多恵と綾
11. ちひろとちひろ
12. 金魚
13. 綾の正体
14. 多恵と綾 Ⅱ
15. お月見
16. その後の日々
17. 愛の太陽 -Alternative mix-