月詠み『だれかの心臓になれたなら』レポート 生命力溢れるステージで魅せた、1stストーリーの集大成と始まりの予感

月詠み『だれかの心臓になれたなら』レポ

 ステージ前面にあるスクリーンに浮かび上がる歌詞のタイポグラフィが視界に飛び込んでくる。その向こう側で、一つひとつの言葉の価値を噛みしめるように、満身の力をこめて歌を紡ぐYueとSERRA。現実か、はたまた物語の世界への扉を開けてしまったのか。その境界線を往来するような感覚は、この日、曲の間で流れた1stストーリーの主人公・音楽家リノと、リノに憧憬し後に音楽家としての道を歩むユマのそれぞれのモノローグが終息するまでの間に揺れ動く感情と似ていた。月詠みの1stストーリーが、空間を伝うダイナミックな音像と息吹を感じさせる歌声に支配されながら、目の前で拡張していく。

 ボカロPのユリイ・カノンがメインコンポーザーとなり、物語と音楽でストーリーを織り成す音楽プロジェクト 月詠み。結成記念日の10月10日に開催されたストーリーライブ『だれかの心臓になれたなら』の追加公演を、12月11日、東京・Veats Shibuyaにて開催した。2020年から始まった月詠みの1stストーリーは、リノの視点を軸にした『欠けた心象、世のよすが』の続編となるユマ視点を軸にした2ndミニアルバム『月が満ちる』をもって完結。本公演は、あらためて1stストーリーを実演する公演の第2部だ。

月詠みライブ写真

 物語の最終局面にあたる「月が満ちる」を1曲目として歌ったのは、Yue。700人ほどが収まる比較的コンパクトサイズのフロアに対して、瞬時に心が奪われる圧巻のボーカルワークが展開された。Yueは白衣装、中盤の「暮れに茜、芥と花束」でYueからバトンを渡されたSERRAは黒衣装。純朴なユマの心象と、憂鬱な色を浮かばせたリノの心象が表現されたかのような色のコントラストも絶妙だ。サビで勢いよく腕を上げる観客と、光の速さでひとつになる。迸る生命感。Yueがスクリーンを通過したスポットライトを浴びる中、彼女の周りには各々の音色を奏でる演奏陣、そしてシンセを前にしたユリイ・カノンの姿があった。

月詠みライブ写真

 スクリーンに映し出される海中から見た空気の泡が上昇していくアニメーションとシンクロするように、最後はすっと真上を見上げて歌った「夜に藍」でのすべての視線を奪うような生気に満ちたパフォーマンスに見入ってしまう。カオスな世界観に巻き込まれる「メデ」をはじめ、言葉や表情、ジェスチャーを自在にコントロールする表現力の高さを感じた。リノが路上ライブをするユマを見つけたときに、ユマが歌っていた曲「生きるよすが」の後のモノローグで流れた“彼女の歌は私の胸を真っ直ぐに貫いた”という言葉通り、完全に心が打ち抜かれていたのにも驚いた。

月詠みライブ写真

 Yueとは異なる印象で、穏やかで上品な香りのする花に似た歌声を「新世界から」で放ったかと思えば、「真昼の月明かり」でリノの感情の揺らぎをエモーショナルなボーカルで表現してみせるSERRA。外面は柔らかいけれど、心底には満たされない想いを抱えるリノに重なるような趣。まるで、1stストーリーの主人公がそこにいるかのような臨場感を生み出すことができるのは、言葉の意味に合わせて、纏うオーラを幾度となく操り変化させる寛大な表現力を持っている二人だからこそ。

 SERRAによる、1stストーリーと関連性の高いユリイ・カノンのボーカロイド曲「或いはテトラの片隅で」、YueとSERRAのハモリのコントラストが鮮明に描かれていた「絶対零度」、二人で手を叩いたり、はしゃいだりした「アメイセンソウ」が続いたあとで待っていたのは、Yueによる未公開の新曲「花と散る」。ジャジーなサウンドは月詠みの新境地をうかがわせた。

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