連載「lit!」第24回:Arctic Monkeys、テイラー・スウィフト……海外ポップミュージックの濃密なサウンドやストーリーを分析

 2022年も残り2カ月を切り、そろそろ海外メディアが「年間ベストアルバム」の記事を続々と出す時期に差し掛かってきた。連載「lit!」の海外ポップミュージック回では、今年の特徴や傾向をキャッチできるようなテーマを設定してきたが、第7回で扱ったように、「数年ぶりのリリース」が相次いだ1年だったと言えるのではないか。最近ではリアーナとシザが新曲をリリースしたというビッグニュースもあったが、これらは来年に期待されるアルバムリリース時に改めて紹介したい。

 そこで今回は寒さが深まってきたこの季節に是非ともヘッドホンで聴きたくなるような、濃密で温かみのあるサウンドを軸に選曲をした。特に意識はしていなかったが、結果的に大半が「〇年ぶりのリリース」と銘打たれる作品となった。

Arctic Monkeys「Body Paint」

Arctic Monkeys - Body Paint (Official Video)

 まず紹介するのは、Arctic Monkeysによる通算7枚目のスタジオアルバム『The Car』の5曲目。2005年のデビューシングル「I Bet You Look Good on the Dancefloor」以降、UKロックの代名詞的存在として活躍してきた彼らは、2013年の『AM』が大ヒットを記録。その後2018年の『Tranquility Base Hotel & Casino』では、豪快なロック路線の『AM』のセルフパロディに甘んじることなく、ピアノを主体としたソングライティングとソウルやファンクに寄った真逆のアレンジを採用することで世界を驚かせた。その大胆な方向転換が大いに受け入れられたことで、バンドはついにその地位を不動のものにしたと言ってよい。

 以来4年ぶりとなる今作『The Car』は、基本的には前作の延長線上にあるものの、ストリングスとバンドサウンドの融合が、他では聴いたことがないほどの度合いで試みられている。まだ30代とは思えないほどの渋みのある演奏も全編に渡って磨きがかかっており、センセーショナルなデビュー以降も人気と実力を着々と積み上げてきたことが分かる。

 アルバム中盤に位置する「Body Paint」は、今作で最もシネマティックでドラマチックなサウンドと展開が印象的な楽曲である。本楽曲は3つのパートに分かれている。ピアノをバックに歌われるヴァースとコーラスの2セットは、主人公がパートナーの浮気に気付いていることが暗に示される。濃霧が一気に晴れるようなストリングスが施された劇的なパートでは、明らかな痕跡に気付いていながらも口では何も言えないという自らの情けなさを歌う。ギターの爽快なカッティングの後に展開されるのはアレックス・ターナーの哀愁たっぷりのファルセットで繰り返される「ボディ・ペイントの跡が君の脚にも腕にも顔にもまだ残っている(〈There's still a trace of body paint on your legs and on your arms and on your face.〉)」という一節だ。この流れを汲めば、「君が考えていることはお見通しだよ(〈So predictable I know what you're thinking〉)」というコーラスは切実なようにも、強がっているようにも読めるだろう。

 MVを見てみると、回転するフィルム、飛行機や傘など明らかに映画への意識が感じられる作風になっている。決してサウンドの荘厳さが映画的なのではなく、情景を言葉でも映像でも演出しているという点で、本作は真に映画的な作品であると言える。

テイラー・スウィフト「Anti-Hero」

Taylor Swift - Anti-Hero (Official Music Video)

 テイラー・スウィフトは新アルバム『Midnights』収録曲によって、「Billboard Hot 100」のトップ10を同名アーティストが独占するという史上初の偉業を成し遂げた。その際に1位をリードしたのがこの「Anti-Hero」である。

 2020年の『folklore』以降、創作意欲と探求心に満ちたテイラーの活動ペースは驚異的である。今作ではここ数年各方面から引っ張りだこの売れっ子プロデューサー、ジャック・アントノフが2019年『Lover』ぶりに参加。これまでのインディーフォーク路線とはまた違った、電子音が主体の濃密なサウンドに仕上がっている。

 世界最大のポップスターであることについて、正直な自己認識や素直な心境を歌った「Anti-Hero」は、テイラー自身も「今まで書いた中で一番好きな曲の一つ」と語っている(※1)。確かに歌詞は暗く、追い詰められているような印象を受ける。

 しかし、「義理の娘に遺産目当てで殺される夢を見た」という歌詞の内容を劇化したシーンをはじめとして、MVはどこかコミカルでユーモラスだ。また、硬く韻を踏んでいる箇所も多く、ボーカルの声色もかなり多彩なバリエーションを使い分けている。〈It's me, hi〉から始まる印象的なコーラスにも思わず口ずさんでしまいたくなるようなキャッチーな魅力が仕込まれているのが抜け目ない。これぞテイラーがポップスターたる所以なのだと思わせられる良曲である。

Alvvays「Belinda Says」

Alvvays - Belinda Says [Official Video]

 Alvvaysの3rdアルバム『Blue Rev』は、1曲目を再生した瞬間から音が途切れる38分57秒後に至るまで、リスナーの心を強く掴んで離さない傑作アルバムだ。カナダはトロントを拠点に活動し、インディーファンから根強い支持を受ける彼らの5年ぶりのリリースとなる本作は、そんなふうに言ってしまいたくなるような、老若男女問わず全てのリスナーに強く訴求する作品である。

 今年7月に放たれた極上のシューゲイズトラック、「Pharmacist」の轟音とエイトビートがもたらす清涼感と疾走感は初夏を淡く彩った。バンドの復活を高らかに宣言するようなそのサウンドは旧来のファンを熱狂させ、新たなリスナーを惹き込んだ。この名曲で幕を開ける本作は、歴史上の様々なロックバンドからの影響と、これまでのバンドのキャリアを踏まえた絶妙なバランスで成り立っている。

 アルバム11曲目の「Belinda Says」は、シンセの冷たいフレーズの後に爆発的なギターの轟音によって一気に視界が開けるような楽曲である。本アルバムの歌詞の多くはかつての恋人について淡々と振り返り、それでいて時折エモーショナルに心情描写を重ねていくものだ。しかし、この曲は妊娠した主人公が田舎に引っ越し、町中で噂が広がろうとも新たな生活に踏み出すという、覚悟と不安を胸に未来を見つめる内容となっている。本楽曲の歌詞で登場し、アルバムタイトルにもなっている「Blue Rev」はカナダのアルコール飲料で、ボーカルのモリー・ランキンいわく「青春の味」だそうだ(※2)。それは懐かしく思い出深いものだが、「スケートリンク裏のブルー・レヴ、本当は必要じゃなかった(〈Blue Rev behind the rink, I didn't really need it〉)」というラインにおいて、過去との決別を象徴的に表すモチーフとして扱われる。

 ちなみにタイトルの「Belinda」とは、アメリカの歌手ベリンダ・カーライルを指す。本楽曲には彼女の代表曲「Heaven Is a Place on Earth」を引き合いに、「地上に天国があるなら地獄もあるよね(〈Belinda says that heaven is a place on earth/Well, so is hell〉)」という捻くれたユーモアも含ませている。モリー・ランキンは稀代のリリシストでもあるのだ。

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