ブルーノ・マーズ、大興奮に包まれたドーム公演 クオリティで圧倒し愛嬌で魅了した、世界最高峰のエンターテインメント
2022年10月27日、午後6時30分頃。ブルーノ・マーズの東京ドーム公演2日目の開演予定時刻(午後7時)を目前に、慌てて後楽園駅の出口へと向かう。同じような境遇の人はやはり珍しくなかったようで、どのゲートの入り口にもギッシリと人が詰まっている。周りを見渡してみると、恐らく仕事帰りに直接来たのであろう、スーツ姿の人が多いことに気づく。ここ最近で急速に冷え込んできたことも相まってか、いわゆるライブ/フェスファッション的な動きやすさを重視した身なりの人はそれほど多くはなく、良い意味で日常の延長線上で来ている人が多い印象だ。そもそも、これまでに参加したコンサートの中でも際立って客層が幅広い。学生のグループ、若いカップル、家族連れ、お年寄りの夫婦など(もちろん、筆者のように一人で参加している人もたくさんいる)。
忘れてはならないのが、今回の来日公演は開催直前の約1カ月前というタイミングで発表されたことだ。にも関わらず、大阪2日間、東京2日間、さらには約2週間前という急遽にもほどがあるタイミングで決まった東京追加公演の全5日間に及ぶドーム公演をソールドアウトさせている。海外どころか日本のアーティストでも、これを実現できるのは稀だろう(どうやらドーム公演史上最速での完売らしい)。
多くの日本人が今回の来日公演を「絶対に間違いない、見逃せないエンターテインメント」として認識している。会場の様子を見て、改めてその凄みを実感する。
開演時間ギリギリだったが、何とか自分の座席に到着。ほっと安心するもつかの間、会場中を埋め尽くすとてつもない熱気に圧倒される。だが、会場が暗転し、大きな幕で隠されたステージにブルーノ・マーズのシルエットが映し出された瞬間の壮絶な熱狂には敵わなかった。この日のオープニングとして披露されたのは「Moonshine」。なかなかに意外な選曲だが、美しく幻想的な演奏をバックにそっと〈Hello〉と歌ったブルーノの姿に、これ以上に完璧なオープニングはないと確信する。それにしてもなんという歌声だろう。歌いはじめの心地良いアタック感に、ブレることなく真っ直ぐ届くメロディ、キメの鮮やかさやブレスに至るまで、その一つひとつにあまりに魅入られてしまう。観客側も高い期待値を持って臨んでいただろうが、バンドの熱量たっぷりの演奏と共に天高く舞い上がるような〈Let's take a ride to the sky before the night is gone〉のパートでは、圧倒された多くの人々がたまらず称賛の拍手を贈っていた。
たった1曲で完璧に観客を自身の世界に引き込んだブルーノが次に繰り出すのは、早くも鉄板中の鉄板曲「24K Magic」。ダンサーと共にMVでお馴染みのダンスを繰り広げながら、弩級のポップファンクを軽快に東京ドームに叩きつけていく。観客も大興奮で、随所に仕掛けられたブレイクに合わせて身体をガンガンに揺らしていく。ここではブルーノの身体性が存分に発揮され、彼が派手に腰を振るたびに会場の熱量が高まっていく。ステージ演出に関しても、コーラスごとに花火が放たれ、ラストのパートでは一つひとつのキメごとに花火の爆音が響き渡るという、たった2曲目にしてクライマックス級の大盤振る舞い。だが、この出し惜しみのなさもまた、トップクラスのエンターテイナーたる所以なのだろう。その勢いは「Finesse」「Treasure」と人気のポップファンク曲を容赦なく連発することでさらに加速していき、「Perm」で一つのピークへと到達する。ジェームス・ブラウン直系の濃厚なファンクサウンドが東京ドームを埋め尽くす観客を大いに沸かせているという光景自体がなかなかに衝撃的なはずなのだが、それについて考える余裕もなく、満面の笑みでキレッキレのダンスを繰り広げるブルーノのもたらすポジティブなエネルギーを前に、こちらも汗だくになって夢中で踊り続けてしまう。
一方で、ステージ自体に目を向けてみると、前述の「Treasure」ではスクリーンが往年のアナログテレビのような形状に変わり、赤・黄・青のライトを並べたシンプルな照明という構図で、レゲエを取り入れたトラヴィー・マッコイの「Billionaire」では緑の照明とラスタカラー(赤・黄・緑)でステージを照らしており、随所に自らのルーツへのリスペクトを感じさせるものとなっていることに気づく。ステージでは抜群のパフォーマンスでスター性を全開にしながら、自らの音楽性を形作った先人への想いも忘れない。このバランス感覚もまた、今のブルーノ・マーズが幅広い年代からの支持を生んだ理由の一つなのだろう。
間違いなく世界的な大スターであるブルーノ・マーズだが、今回の来日公演で筆者が強く感じていたのは、そんな彼の意外なほどの親しみやすさだった(ファンの間では常識なのかもしれないが)。「Versace On The Floor」を披露した後、ギターを持ちながらおもむろに日本語を覚えてきたと語り、観客へ向けて「君をとても愛している」と告げると、その言葉をメロディに乗せて弾き語りを始め、やがて他のバンドメンバーの歌声によるハーモニーが加わり、そのまま「Marry You」へと繋ぐブルーノ。「Runaway Baby」の途中で極小音量のギターリフと観客の手拍子をバックに一人スポットライトを浴びながら軽快な即興ダンスを披露し、そっとドヤ顔を見せるブルーノ。ピアノの弾き語りメドレーを披露した際に、(自身が楽曲提供した)シーロー・グリーン「F**k You」やスヌープ・ドッグ&ウィズ・カリファ「Young, Wild & Free」の流れから坂本九「上を向いて歩こう」を歌い、まさかのサプライズに喜ぶ観客を前にダブルピースをしながら「可愛い!」と連呼し、たまらず「恥ずかしい!」と日本語で照れるブルーノ。そもそも、東京ドームのステージでギターもピアノもダンスも全て一人で披露する時間を設けて観客を魅了している時点でとんでもないことをやっているはずなのだが、“凄い”という畏敬の念よりも先に“可愛い”という感情が湧き上がってくるのである。それも単なる“可愛い”というよりは、ある程度自分の“可愛さ”を自覚してやっているであろう、“あざと可愛い”タイプである(やりすぎるとそれはそれで恥ずかしくなってしまうというシャイさも併せ持っているのがさらに愛おしい)。
自らのルーツであるマイケル・ジャクソンやジェームス・ブラウンのような偉大なアーティストの後継者として一切恥じることがないであろう楽曲/パフォーマンスの圧倒的なクオリティを誇りながら、あくまで本人は親しみやすい存在であり続ける。鳴っている音は明らかにとんでもないのに、観客からは「可愛い」という感想が飛び出す。現代のポップスターとしてこのバランスをキープするのは容易ではないはずなのだが、確かにそれが実現できているのだ。もしかしたら、この「親しみやすいスター」という人間性もまた、ブルーノがこの日本でも圧倒的な人気を誇っている理由の一つなのかもしれない。