音楽家にとってサブスクは悪ではない デジタル時代のビジネスモデルを正しく理解する

サブスクのビジネスモデルを正しく理解する

サブスク時代のファイナンス機能について考える

 デジタル化によって音楽家を取り巻く環境は構造的に変化しました。事務所とレコード会社が提供した仕組みの中でやっていくのがCD時代のビジネスモデルでしたが、リリースに紐づく音楽ビジネスの幹はサブスクリプションサービスになっています。

 ただし、サブスクは音楽ビジネスの仕組みにおいて現時点では万能とは言えません。メディア的な機能も持ち、再生回数に応じて、売上の6~7割を音楽家側に分配する音楽界に貢献するサービスなのですが、経済的な基盤を得るまでの音楽家に対する投資の機能が無いからです。以前はレコード会社が担っていたファイナンス機能が、ビジネスモデルが変わったことで担いきれなくなっています。自社の利益率は低く抑え、音楽家側に分配している配信会社も、ユーザーに聴かれる前の楽曲に投資する予算はありません。

 そこで重要になってくるのが、「ユーザーダイレクトファイナンス」の仕組みです。アーティストが直接、ユーザーから資金を獲得するやり方のことです。欧米では、クラウドファンディング(クラファン)がその役割を果たしています。5万ドル~10万ドル(700万円~1400万円)をKickstarterやIndiegogoというサービスで獲得して活動ベースにするのが一般的です。日本でもクラファンは普及しているのですが、アイドル以外のアーティストが活動の基本になる資金を獲得する生態系の一部になっていないのが残念です。初期のクラファンサービス事業者が音楽ファンやアーティストとトンマナを合わせることができなかったのが理由でしょう。SHOWROOM等による投げ銭型のサービスも、アイドル的なコミュニケーションに対する報酬で、音楽を生業とする活動への資金集めになる場合は少ないようです。

 その観点で、僕はNFTに期待しています。NFT付コンテンツは、暗号資産との親和性で期待感を持たれることも少なくありませんが、投機的な動きはリスクもありますし、日本の音楽ファンのトンマナと合致していません。NFTは、少なくとも音楽に関して言えば、デジタルファイルの証明書として、音楽家が「価格決定権」を取り戻す方法と捉えるのが第一歩だと思います。サブスクが幹となった音源を取り巻くビジネスの仕組みをNFT付ファイルによる作品の活用で補完していく時代が始まっています。

 8月にリリースされたロックバンド、Museの『Will Of The People』では、アナログレコード・CD・カセットテープとグッズをバンドルしたデラックスセットを多数用意するとともに、アルバムNFTも1000個限定でリリースし、UKチャート初登場1位となった初のNFT付作品となりました。イギリスでは、NFT作品もランキングに反映されるようになり、音楽シーンで一般的な存在となり始めています。

 日本では、僕が代表を務めるStudio ENTREで事業創出したNFT音楽マーケット.muraで昨年12月に販売された小室哲哉作品がユニークでした。『J-WAVE INNOVATION WORLD FESTA 2021』でNFTに関するトークイベントをした後に、ステージで即興演奏を行い作品化。一般リリースは行わずに、落札者にYouTubeでの広告収益化を許諾しました。.muraでは落札者を「コモンズオーナー」と呼びますが、コモンズオーナーが音源と映像を使用し、惑星間ファイル通信システム「IPFS」を活用した特設サイトを作成、UGC創発に成功した事例となりました。

 山下達郎さんには、暗号資産ウォレットが必要なOpenSeaなどではなく、日本の音楽ファンが買いやすい方法で、理想的な再生環境(ヘッドフォンやスピーカー)とセットで、NFT付作品をリリースしていただきたいです。もし実現すればこれからのアーティストにとって理想的な作品発表のモデルになるなと妄想しています。

サブスクへの正しい理解が音楽界の活性化につながる

 世界で注目されている「シティポップ」は、定義が曖昧なジャンルですが、達郎さんがその中心にいることは間違いありません。川本真琴さんをプロデュースした岡村靖幸さんも含めて、日本の80年代、90年代のポップス作品の魅力が「再発見」されているのが、「シティポップ」です。パソコンで高品質のレコーディングができなかった時代に、当時は余裕があったレコード会社の制作予算を使って、プロフェッショナルスタジオと優秀なエンジニア、スタジオミュージシャンたちと作り上げた作品のクオリティや音像、音質が、21世紀のDJや音楽ファンに支持されているのでしょう。日本音楽界が持つ大きな財産です。それだけに、少しでも多くの素晴らしい作品の数々をサブスクにも「解禁」して、世界中の人に聴く機会を提供していただきたいです。それと同時に、音楽家それぞれが望む環境で音楽制作が行えるような新たなビジネスモデルを創出・整備していくことも、今後の音楽文化の発展にとって重要な課題です。

 デジタル化という変化は止まりませんが、音楽の価値は変わりません。デジタルがほとんどになったアメリカ市場では、アナログレコードがCD売上を抜いたように、ユーザーにはコレクションの喜びがあるものです。

 大切なのは、音楽家と音楽ファンです。間にいる事業者(ミドルマン)は、大切な両者にどのように貢献するのかを考えなければいけません。レコード会社もサブスクサービスもそういう意味では同じです。

 レコード業界の消極的な姿勢で日本の音楽市場のデジタル化は欧米に6年遅れています。まずは、サブスクへの正しい理解をもって、普及、活用していくことで音楽界を活性化させていくことが大切です。

 音楽ファンのみなさん、音楽家のみなさんに正しい理解をもってもらえるように微力ながら僕も努力したいと思っています。

※1:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000428.000010908.html
※2:https://www.tunecore.co.jp/music-stats/2021
※3:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000422.000010908.html
※4:https://news.yahoo.co.jp/articles/be612cd888a261a17c38007d9f51406f35ddaade?page=6
※5:売上における新譜(日本では1年以内、アメリカでは1年半以内にリリースされた作品)とそれ以前の旧譜比率のこと。CD時代は9割が新譜だった(そのためにベスト盤やコンピレーションアルバムが編成された)が、2020年のアメリカ市場では、74.5%が旧譜と大きく逆転している。
※6:https://www.youtube.com/watch?v=ERyOf7p9K-Y

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