音楽業界の「説明不足」を反省する 2022年に環境問題として議論された「AKB商法」に関する国会議事録を読んで

音楽業界の「説明不足」を反省する

 衆議院の委員会でAKB商法が取り上げられたという話を聞いて、議事録をチェックしてみました。日本の国会で音楽ビジネスについて語られる機会は稀有なので、話題になっているだけでもポジティブに捉えたいと思います。ただし、中身を見てみると、かなり古い情報に基づいた質問で今行われるべき議論としては的外れな内容だったのです(※1)。

 それは「AKB商法で同じユーザーが沢山のCDを買うことになり、破棄されると環境問題としてよろしくないのではないか?」という趣旨でした。なぜ今この話題が……?? 10年近く古い感じですよね? 質問された議員の方は「日本の音楽市場でも遅ればせながらデジタル化が進んでいること」「楽曲ランキングの指標がCD売上だけではなくなっていること」などはご存じないのでしょうか。そして、2年半におよぶコロナ禍で、音楽界を取り巻くフェーズが変わっていることへの認識も全くないようです。

 コアファンに複数枚のCDを購入してもらうために、初回盤特典などのバリエーションをもたせるというのは、様々なアーティストのリリースにおいて以前から行われていました。オリコン週間シングルランキングがヒット曲の指標となり、各種メディアの取り上げ方、TV番組へのブッキングも、オリコンの順位が基準となって拍車がかかっていきました。この状況下で、ランキングをいわば「ハッキング」したのが「AKB商法」でした。握手会イベントへの参加券やシングル曲を歌唱する選抜メンバーを決める『AKB48選抜総選挙』の投票券など、音源以外のものを同封して、売上枚数をかさ上げするという手法です。AKB48の人気とともに加熱して、数百枚を購入する例なども報道され、「封も開けずにCDを捨てる」ケースが問題視されるようになりました。

 この時点で音楽業界が確固たる対応を取れなかったのは大きな過ちでした。オリコンは複数枚購入をランキングに反映させないことに本腰で取り組むべきでしたし、そもそもレコード会社が、全く同じ商品に「◯◯券」を封入して、同じユーザーに大量に売るというのは、音楽の価値を自ら貶める行為だったと思います。

 ただ、AKBがヒット曲を連発するようになったのは2009年頃ですから、もう10年以上前に始まっています。その時点で、環境保護の視点も持ち込みながら国会で指摘していたなら貴重な提言になったことでしょう。ユーザーが欲しがり、売上も上がる手法を、音楽業界内であからさまに否定や規制をすることが難しかったのは事実です。

 幸いなことに、ランキングを「ハック」するための「AKB商法」はもはや有効ではありません。CD売上を指標とするオリコンランキングの影響力に替わって、ビルボード・ジャパンチャートが現在のヒット曲の指標の一つとされています。CDの複数枚購入の反映を防ぐノウハウ(ルックアップ)を導入し、そもそもCDだけではなく、デジタル配信やラジオでのオンエア回数など多様な要素を総合して、真のヒット曲を探し出すというものです。よって、脱炭素の観点で、CDの複数枚購入について今から議論を始めるのは、周回遅れな動きで、あまりにもピントがずれています。

 また、CDセールスの正しい現状を理解いただく上で見逃してはいけないのは、音楽配信・サブスクサービスを活用した視聴スタイルが主流になった今も、音楽ファンのコレクション欲求自体はあるということです。最近、山下達郎の11年ぶりのオリジナルアルバム『SOFTLY』が15万枚を超えるヒットになっています。ユーザーの世代もありますが、それだけではなく、アーティストとのエンゲージメントの証として、またコレクションの喜びとして、パッケージを購入するというのは音楽文化の一端です。良質の音楽ファンに、コレクションの喜びを届け続けることも音楽業界が行うべきことの一つでしょう。

 音楽体験がサブスクサービスに完全に移行したアメリカでは、アナログレコードの売上が増加し続けているというデータもあります。CD市場が下落を続ける中、レコード市場は前年比10〜20%増の上昇を続け、2020年にはCD売上を超えました。これは、ユーザーにコレクションやアーティストとの関係性の証として、パッケージ商品を所有したいという消費欲が存在することを示しています。

 直近ではNFT付きでのハイレゾのファイル販売も広まってきていますが、これはデジタル時代の新しい体験であると同時に、音楽家との共通体験と所有欲を満たす行動という側面も持っています。僕がCo-Founderとして立ち上げた音楽NFTマーケットプレイス.muraでも、音楽ファンとアーティストに音楽ビジネスのイニシアティブを取り戻すというテーマを掲げています。

 そして、音楽業界としては、国会議員がCDセールスに興味を持った時に、10年前の古い情報と状況認識しか持てないような事態とならないよう、円滑なコミュニケーションを意識するべきだと思います。正確な情報を持ってもらうのが健全化の第一歩です。委員会のレポートを読むと、この議員がJASRACについても実に雑な理解なのがよくわかります。

○源馬委員 ストリーミングで買われたコンテンツとCDで買われたコンテンツでは、例えばJASRACに入る収入なんかも変わってくると思うんですよね。そういうことも含めて、今日、本当は、文化庁長官にお越しをいただきたいとお願いしました。

 この質問は、ネットで検索して5分調べればわかることですが、CDでは著作権印税は6%でサブスクだと12%(最近グローバルでは15.1%になったので、日本にも同様の動きが起きています)。ビジネススキームを理解していただくために、僕でよければいくらでもレクチャーします。

 ちなみに、英国の国会ではストリーミング時代の適正な配分について踏み込んだ議論が行われていて羨ましい限りです。日本でもこういう正確でアップデートされた情報に基づく前向きな議論が行われることを期待したいし、そのために音楽ビジネスに関わる僕たちは努力しなくてはいけないですね(※2)。

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