杏、素朴な歌声に魅了されるリスナー続出 “声のコンプレックス”が好転した独特な魅力とは?

杏がエッセイで明かした、自分の声へのコンプレックス

 エッセイ『杏の気分ほろほろ』(2016年/朝日新聞出版)では、自身の声について「昔から、自分の声があまり好きではなかった。ボソボソとしゃべることが多かったし、変わった声だと思っていた」と明かしている。それでもイベント、ラジオなどへの出演や俳優としての仕事が増えたことで「台詞の中で自分が普段使わない声色や言葉を使う機会が増えた。そうすると自分でも『こんな声が出るのか』と驚くことが何度かあった」と気づきがあったと言い、やがて「自分の声を客観的に好きとか嫌いとかは自分ではわからないけれど、声の仕事がどんどん興味深く、面白く感じてきた」と語っている。

 たしかにいずれの弾き語り動画でも、飾りたてたようなものは一切感じられない。彼女がエッセイで記述していたように、ボソボソとした歌い方や歌声が聴き心地の良さにつながっている気がする。むしろこの素朴な歌唱こそ、杏にしか出せない声や歌の“表情”ではないだろうか。

【謙&杏】卒業写真/荒井由実(cover)

 荒井由実の「卒業写真」(1975年)を、父·渡辺謙とのコラボレーションで弾き語った動画では、歌を通して親子が“会話”をかわしているような雰囲気につつまれていた。家族だからこそ、声を張り上げたり、感情を高ぶらせたりして話す必要はない。その歌声からは、ふたりの距離の近さを感じとることができた。

杏『教訓1』cover

 2020年4月14日更新の加川良の楽曲の「教訓1」(1971年)の弾き語り動画では、コロナ禍で多くの人が挫折を味わうなか、〈死んで 神様と言われるよりも 生きて バカだと言われましょうヨネ きれいごと ならべられた時も この命を捨てないようにネ〉と歌いあげた。ここでも、感情の抑揚をおさえているような歌い方が印象的だった。感動を煽り立てたり、「こういう風に自分の歌を聴いてください」というような強制的な雰囲気はまったくない。聴き手は自分なりの自由な解釈で、杏の歌をキャッチすることができた。どんな立場の人の気持ちにも優しくしみわたっていく演奏になっていたのではないか。これもまた、彼女の歌い方や歌声の素朴さによる効果と言える。

 杏がかつて「好きではなかった」という喋り方や声。しかし、画面越しでありながら杏との距離を身近に感じることができるのは、そういった特徴的な歌い方だからこそではないだろうか。歌っているときの声と感情の“ボリューム”の適度さが、聴き手を魅了しているように思える。

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