evening cinema 原田夏樹、シティポップから学ぶ“聴き方”の重要性「大瀧詠一さんや山下達郎さんはリスナーとしても素晴らしい」
本当のオリジナルなんていうものには、僕はどこか懐疑的
ーーevening cinemaというバンドとしての活動もそうですが、原田さんはひとりのクリエイターとしていろんな人達とコラボレーションしています。Rainychとのコラボはその代表的なものだと思いますが、きっかけは何だったんですか。
原田:もともとは彼女が「summertime」のカバー動画をYouTubeに上げていて、数あるカバーの中でも上位の再生数だったんです。それで僕が一方的に知っていたんですが、たまたま「今度日本で売り出したいシンガーがいるから編曲をやりませんか」とお話をいただいたのが、Rainychだったんです。
ーー縁があったということですよね。その流れにはいわゆるシティポップのブームがあって、松原みきさんの「真夜中のドア~stay with me」のカバーなどにつながっていくと思うのですが、こういった当時の楽曲を今の時代に変換する際に、どう考えてアレンジしていくんですか。
原田:当時のシティポップって、アレンジがしっかりと出来上がっているので、普通にアレンジしても勝負にならないと思うんです。当時はミュージシャンも超一流だし、音作りに関してもすでに生産していないヴィンテージの機材を使っているし。そこに寄せて同じ土俵で勝負するという考えは早々に捨てて、当時できなかったことをやろうと意識しました。そのひとつが、トラック数を無数に作れるというところで、コーラスだけでも50トラックくらい重ねたりしています。あと、山下達郎さんの「RIDE ON TIME」のカバーも、本家には絶対に勝てるはずがないから、2番のバックコーラスで「高気圧ガール」を引用するといった工夫はしてみました。
ーーあれは、思わず「おっ!」と声が出ましたね(笑)。
原田:好きだからこそできるというか、愛情ありきのアレンジというところは意識しました。
ーー少し話が出た大滝詠一さんの楽曲では、「雨のウェンズデイ」や「カナリア諸島にて」をカバーしていますが、大滝さんのことはどのように見ていますか。
原田:アーティストとしてはもちろんですが、研究家、勉強家としてリスペクトしています。ご自身の中で吸収した音楽を体系立てて、ラジオなどできちんと表現できる研究者的な人が、ミュージシャンもやっていることにとても影響を受けました。
ーー原田さんの話を聞いていると、影響を受けたということがすごくよくわかります。
原田:僕自身も、自分が好きな音楽や敬愛するアーティストを、どのようにして自分のフィルターを通して新たな音楽として表現するのかは、常に考えていることです。
ーーカバーということでいうと、野宮真貴さんのアルバム『New Beautiful』でも、Rainychをフィーチャーした「スウィート・ソウル・レヴュー」をアレンジしていました。あの曲は90年代のものですが、どのように解釈したのでしょうか。
原田:前作の『CONFESSION』を作った時は、ピチカート・ファイヴしか聴かないっていうくらいハマっていたんです。でもまさかご本人と一緒にお仕事させてもらえるとは考えてもいなかったから、当時はインタビューでもいろいろしゃべっていたんです(笑)。お話をもらったときには「いじるところないよ」って思ったのですが、僕らがやるからにはとにかく音数を増やして積み重ねていこうと考えました。「とにかく明るくしたいね」っていう話は野宮さんともさせていただき、その方向性で進めましたね。それと、せっかく憧れの人と一緒に仕事ができるんだから、「僕はこんなにもピチカートが好きなんです」ということを、音楽を通して伝えようと思って、「東京は夜の七時」のフレーズを引っ張ってきたし、それ以外にも隠しネタをたくさん仕込んでいます。宝箱のような曲にしたかったというのはありますね。
ーー気が付かない隠しネタもありそうですね。
原田:そうなんです。ミックスの都合であまり聴き取れないかもしれないですが、エンディングのコーラスに「12月24日」という曲のコーラスを入れているんです。あと、「スウィート・ソウル・レヴュー」の本家のMVに、テロップでヘンリー・マンシーニの名前が出てくるんですが、ヘンリー・マンシーニといえば「ムーン・リバー」じゃないですか。それで「ムーン・リバー」の歌詞にある〈There's such a lot of world to see〉というフレーズをBメロの裏のコーラスで歌っています。
ーーそれはかなりマニアックなオマージュですね。
原田:実はまだあるんです(笑)。The Temptationsの「Ain’t Too Proud To Beg」という曲をThe Rolling Stonesがアルバム『It’s Only Rock ’N’ Roll』でカバーしているんです。それがすごく好きで、絶対に合うなって思って、イントロはほぼそのまま引用しています。
ーーそういう結びつきは、自然に出てくるものなんですか。
原田:元ネタありきで曲を作るときもありますが、ふわっと曲ができたときに、これってなんの曲に近いんだろうってことを考えて、自分の中で咀嚼して「ああよく聴いていたあの曲に譜割りが似ている」と気づいたら、そこに寄せていくとかそんな感じですね。
ーーオリジナル至上主義ではないと。
原田:本当のオリジナルなんていうものには、僕はどこか懐疑的なんです。自分で音楽をやろうと思った動機のひとつに、好きなアーティストがいて、自分なりにその好きなアーティストの音楽をやりたいっていうのがありますから。
ーーそういう風にしっかりと話せるミュージシャンって、実はあまりいないかもしれない。そういう意味では原田さんは素直で、真の音楽ファンなんだなって思いますね。
原田;でもそうやって音楽を作っている人はたくさんいると思います。ただ、そう語る機会がないだけで。機会があればミュージシャン同士で集まって、元ネタ座談会みたいな企画をやってみたいです(笑)。
ーー原田さんの音楽制作のスタンスは一貫しているんですね。
原田:そうですね。音楽研究というほどのことではないかもしれないけれど、その上でのひとつのアプトプットとしてバンドをやっているというだけで、プレイリストを作ったりするのとそんなに変わりないかもしれない。とにかくまだ知らない音楽がたくさんあるので、貪欲に探究したいと思っています。
ーーその考えがバンドに反映されるのって面白いことですね。やはり主軸はバンドですか。
原田:そうありたいと思っています。
ーーでは、evening cinemaとして目指すところはどこなんでしょう。
原田:もちろんバンドとしての規模を育てていきたいというのは、普通に考えています、ただ武道館でやりたいとか、ドームツアーをやりたいとか、そういうのってあまりなくて。それより、作品至上主義でいたいですね。
ーー予想していた答えでした(笑)。
原田:今の時代はかなり難しいことかもしれないですが、予算をこれでもかというほど投入したアルバムを作ってみたいです。
ーーたしかに、音楽を作るにはお金の問題はシビアですよね。70年代後半から80年代のシティポップは、潤沢な予算で海外録音したり、ホーンやストリングスを大量に起用したりしていましたから。
原田:下世話な話かもしれないですが、音楽制作ってお金がかかるじゃないですか。お金がかかることに対する拒否反応を取り除きたい。どんどん楽曲の価値が下がってきている気がしますから。今は技術が発達しているから、打ち込みでも上手い人なら本物そっくりにできると思うんですが、それでも「生演奏でやったほうが絶対にいい!」ということを広く知らしめる作品を作りたいと思っています。
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