evening cinema 原田夏樹、シティポップから学ぶ“聴き方”の重要性「大瀧詠一さんや山下達郎さんはリスナーとしても素晴らしい」

イブシネ 原田が語る、シティポップの魅力

 世界的なシティポップブームの到来と同じくして、その時代の音楽を受け継ぐ存在として徐々に注目を集めているのが4人組バンド evening cinema。同バンドは、cinnamonsとのコラボ曲「summertime」がTikTokを発端に国内外でスマッシュヒット。さらに、メンバーの原田夏樹は、インドネシアの人気YouTuber・Rainychによる松原みきのカバー「真夜中のドア/ STAY WITH ME」の編曲を担当している。

 バンドのオリジナルでも、70〜80年代シティポップや90年代の渋谷系からの影響と、それらへのリスペクトを感じさせる楽曲を制作。今年3月には現体制の集大成的アルバム『Golden Circle』を発表した。リアルサウンドでは、evening cinema 原田夏樹にインタビュー。シティポップや渋谷系の音楽の魅力をはじめ、Rainychや野宮真貴といったアーティストとの共作、今後の展望について話を聞いた。(編集部)

きっかけはThe BeatlesとThe Beach Boys

evening cinema 原田夏樹

ーーevening cinemaを含めて原田さんが制作したりアレンジに関わったりしている作品には、70年代から90年代にかけてのポップスなどからの影響を感じるのですが、そのあたり自覚はありますか。

原田夏樹(以下、原田):自覚はありますね。シティポップと言われるのもわかるんですが、自分で音楽を作り始めたときは、シティポップと思って作ったり、そこに意識的にフォーカスしたりということはなかったので、周りからそう言われているうちに合致してきた感覚です。

ーーそもそも、原田さんがシティポップなど昔の音楽に出会うきっかけはなんだったんですか。

原田:最初はThe Beatlesなんです。60年代の音楽が好きで、そこからThe Beach Boysが好きになって。だから邦楽は全然聴いていませんでした。

ーーそれはいくつぐらい。

原田:小学生です。だから音楽のことを話せる友達がいなかった(笑)。それで、The Beach Boysを好きになったときに、日本人でカバーしている人がいるというのを知ったんですが、それが山下達郎さんだったんです。

ーーなるほど。そこから大滝詠一さんとか、ティン・パン・アレー周辺の音楽を聴くようになったということですか。

原田:はい、その通りです。

ーーそれはやはりご両親の影響があったのでしょうか。

原田:そうですね。父がそういった音楽が好きでCDを持っていて、こっそり部屋に忍び込んで何枚か拝借して聴くっていう(笑)。そうやって音楽の知識を増やしていったのですが、いかんせん父のCD棚なので、新しい音楽がなかったんです。

ーーそこからどうやって音楽を追求していったのですか。

原田:例えば達郎さんなんかは家にベスト盤しかなかったから、毎週末CDレンタルのお店に連れて行ってもらって、CDを借りてMDにダビングしていました。

ーーご自身で音楽を始めようと思ったのは。

原田:大学に入学して軽音楽サークルに入ってから、実際に音楽を始めました。サークルではバンドをやって、好きな音楽をコピーして満足していたんです。でも大学3、4年性になると、就職活動が始まったりするじゃないですか。僕は大学院に行こうと思っていたんですが、周りは就活で忙しいから相手をしてくれなくなって(笑)。それで、じゃあ自分で作ってみようかってひとりで音楽を作ることを始めました。だから、自分で音楽をちゃんと作り始めたのは22歳くらいなので、他の人に比べると遅い方ですね。

ーーevening cinemaが最初に注目されたのは、cinnamonsとのコラボレーションとなった「summertime」だと思うのですが、これはどういう経緯で生まれたんですか。

原田:その頃、evening cinemaはすでにバンドとして活動していて、cinnamonsとライブイベントで共演したんです。その打ち上げで飲んだ勢いで「なにか一緒にやろうぜ」って感じになったんです。だから、けっこうノリで作ってしまったというのはありますね。

cinnamons × evening cinema – summertime (Official Music Video)

ーーノリでできるものなんですか。

原田:完全にノリでしたね。作ったときも、80年代感はなんとなく出たかなというくらいには感じていたんですが、シティポップを作ろうと思ったつもりはまったくないんです。

ーーでも、結果的にあの曲でevening cinemaはシティポップとして広がっていったという印象があります。

原田:それは自分でも意外でした。あの曲に関しては、僕は何も宣伝的なことってやってないんですよ。自分のライブでもやらなかったし、なにかアクションを起こしたわけでもない。YouTubeで再生数を稼いだり、SNSですごく話題になっていたことには、あとから気づいたんです。

ーーでも海外からもすごい反響がありましたよね。当時から、自身の音楽の方向性は見えていたんですか。

原田:うーん、広く捉えるとなんとなく方向性は定まっているのかなと思いつつも、未だにこれだっていうものはあまり見えてないんです。茫洋としていますね。

ーーそもそもevening cinemaはバンドというよりも、原田さんのソロプロジェクトという意味合いが強かったと聞きました。

原田:そうですね。もともとは4人のメンバーでバンドとして活動していたんですが、さっきの話のように、大学4年生くらいでメンバーが抜けていって、結果的にバンドではなくなってしまったんです。今も一緒にやっているベースの山本(和明)と2人になってしまったから、2人組というのも見え方としてどうかなって思って、一応ソロプロジェクトという体で活動していました。

ーーバンド形式に戻ったのはいつくらいからですか。

原田:今のメンバーで固まって、4人組のバンドとして見せたいなと僕が思ったタイミングなので、3年くらい前ですね。やっぱりバンドに対する憧れがあったんです。

ーーなぜバンドにこだわったのでしょう。

原田:簡単にいうと、誤算ができるからですね。

ーー誤算とは。

原田:バンドって誤算が起こるんです。例えば、曲作りをする上で、「そういうふうに聴いて欲しかったわけじゃないんだけど」みたいなことが起こった時「でも、悪くないかも」ってなることがあるんです。要は、僕以外の3人が関わることによって、自分が意図してなかった結果になり得るということが、すごく楽しい。基本的には僕がひとりである程度の形にまでは詰めるんですよ。それがバンドによってどんどん変わっていく。「どう変わっていくんだろう」っていうことが、制作する上ですごく面白いんです。

ーーメンバーとはいい意味で意見が違うということですか。

原田:そうですね。みんな80年代や90年代の音楽は好きだと思うんですが、全員ルーツも好みもバラバラなんです。だから、僕ひとりだったら絶対に入れないようなJ-ROCK的なギターのフレーズが急に来たりとか(笑)。このメンバーじゃないと生まれないことも多くて、それがとにかく面白いんです。

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