連載「lit!」第7回:ケンドリック・ラマー、ハリー・スタイルズ、ポスト・マローン……数年ぶりアルバムで賑わうグローバルポップ

 早くも2022年も折り返し地点に差し掛かってきました。海外の音楽メディアが上半期リリースのアルバムランキングを続々と発表する頃ですが、それらのリストやビルボード等のチャートを見ていると、「○年ぶりのアルバムリリース」などといった文言で紹介される作品の割合が多いように思いました。そこで、今回はそういった「数年ぶりのリリース作」の中から特に注目したい作品を紹介していきたいと思います。

ケンドリック・ラマー「N95」

 まず紹介するのは、「ヒップホップの新王者」とも称される現代最高峰のラッパー、ケンドリック・ラマーの新作『Mr. Morale & The Big Steppers』からの最ヒット曲。同アルバムは非クラシック、非ジャズ音楽家として史上初めてピューリッツァー賞の音楽部門を受賞した2017年の作品『DAMN.』から実に5年ぶりとなるソロ名義作です。時代を代表するトップアーティストとしての名声に伴う重圧からの解放が大きなテーマとなっており、1曲目を飾る「United In Grief」で宣言されているように前作から今作までの“1855日”での彼の経験や葛藤が、この上なく赤裸々にかつ痛々しいほど正直に綴られています。そのためアルバムとしては、2枚組18曲(後日追加された「The Heart Part 5」を含めると19曲)というフォーマットも含め、かなり重々しい内容なのは確かです。しかし、ピアノやストリングスを多用していることもあってか、サウンド面に限って言えばそこまで「聴きにくい」作品でもなく、中でも今回紹介する「N95」はアッパーで痛快な1曲です。

 アルバムリリース直後に配信されたMVでは、磔にされたようなポーズで海の上に浮かんでいたり、車がすぐそばで横転しているにもかかわらず一瞥しただけで新聞に目を戻していたりと、何カ月も携帯電話を持たずに生活することもある(※1)というラマーならではの俗世から離れたような雰囲気がよく描写されています。また、自由自在に声色を変化させるラップスタイルや力強いメッセージ性も健在です。嘘や偽善ばかりが蔓延る世界を糾弾しつつ、自分さえもその偽善者の一人なのだと吐露する姿勢は前々作『To Pimp A Butterfly』(2015年)にも見られましたが、本楽曲はよりネット社会への眼差しが鋭くなっています。札束、車、ジュエリー、ブランド品(シャネル、ドルチェ&ガッバーナ、エルメスのバーキン)、といった物質的なモノから、ネット社会に渦巻く承認欲求などの非物質的なモノまでに対し、ラマーは「take it off(取り払え)」と何度もラップしており、Wi-Fiまで「捨てろ」と言うのだから徹底しています。そういった煩悩に囚われた「インフルエンサー」的な人々へ「お前ら醜いよ」と痛烈に批判するのみならず、「キャンセルカルチャー」についても触れることで同時に大衆への眼差しも含ませている点で、一切の隙がありません。

Hello new world, all the boys and girls
I got some true stories to tell
新しい世界、全ての少年少女たちよ
伝えたい真実があるんだ

 上に引用したのは本楽曲冒頭の一節。ここで言う”新しい世界”とはパンデミックを意識してのことだと思われますが、具体的にコロナについて言及しているわけではありません。ですが、タイトルの「N95」とは医療用マスクのことで、虚飾に覆われた人々の化けの皮を剝がしてやらんばかりのリリックの内容にもかかっています。あえて「N95」という語を選択することで時事性をも刻印する手腕もお見事というほかないでしょう。

Kendrick Lamar - N95

ハリー・スタイルズ「Music For a Sushi Restaurant」

 次に紹介するのはハリー・スタイルズの2年半ぶりの新作アルバム『Harry’s House』を鮮やかに彩るオープニングソング。本作は、ケンドリック・ラマーが米ビルボード・チャート(Billboard 200)にて2022年最大の記録で1位となった翌週に、その記録をさらに大きく塗り替えるかたちで初登場1位を獲得しました(※2)。アルバムタイトルは日本滞在時に聴いた細野晴臣の名作アルバム『HOSONO HOUSE』(1973年)が由来だそう。確かに、「世界最大のポップスターの新作」というイメージで聴くと予想を覆されるような、親密な響きを持つハートフルな作品です。"初めて個人的に自由な場所から音楽を作ったような気がする "という、インタビュー(※3)での発言や、大ヒットを記録したアルバムのリード曲「As It Was」の個人的な歌詞からは、パンデミック下の自らと向き合う時間を経て、リラックスした状態で制作に臨んだ様子がうかがえます。肝心の「寿司屋のための音楽」と題された本楽曲はというと、力強いキックや跳ねたベースラインに眩しいほどのコーラスが乗っかった、70年代~80年代のファンキーなポップソングを思わせる煌びやかな楽曲です。まさにポップスターに相応しいワクワクさせられる楽曲ですが、アルバム全編このテンションで突き進むわけではなく、カントリーやインディーロックを思わせる楽曲まで幅広く歌いこなしており、そのバランス感覚にも圧倒されます。先日YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」にて公開されたパフォーマンスは国内外で話題を呼びましたが、「One Directionのハリー」ではなく、新たに「ロックスター ハリー・スタイルズ」としての認知を強固なものにする日が日本にも来るでしょうか。

Harry Styles - Music For a Sushi Restaurant (Audio)
Harry Styles - Boyfriends / THE FIRST TAKE

リアム・ギャラガー「Better Days」

 続いては打って変わって往年のロックスター、リアム・ギャラガーによる3年ぶりとなるソロ3作品目、『C’mon You Know』からの先行曲。Oasisからのソロ転向後は今作も含めアルバム全作が全英1位を獲得、ライブチケットも軒並みソールドアウトさせるなど、全盛期の勢いに勝るとも劣らない大復活を遂げています。今回紹介する「Better Days」は、Oasisのラストアルバム『Dig Out Your Soul』の楽曲群をも思わせるサイケデリックロック路線をリアム流に突き詰めたような楽曲で、やや不穏なストリングスとダイナミックな演奏の豪快な組み合わせがリアムの歌声を引き立てる快作です。破天荒で気性の荒い問題児というイメージからは想像もつかないほどまっすぐでポジティブな曲のタイトルも含め、父親としての側面も持つ等身大のリアムの成熟とソロ活動の充実も感じさせます。

Liam Gallagher - Better Days (Official Video)

ポスト・マローン「I Like You(A Happier Song)(with Doja Cat)」

 そして”現代のロックスター”を語る上で外せないのが、3年ぶりにフルアルバム『Twelve Carat Toothache』をリリースし、『SUMMER SONIC 2022』のヘッドライナーも決定しているポスト・マローンでしょう。本作ではラッパーのロディ・リッチ、ガンナ、そしてザ・キッド・ラロイやザ・ウィークエンドといったチャート上位常連といった面々が集結しています。特に驚きなのはUSインディーフォーク界の最重要バンド・Fleet Foxesの参加ですが、今回紹介したいのは、人気も実力も兼ね備えたラッパー/シンガーのドージャ・キャットを迎えた楽曲。キャッチーでトロピカルな聴きやすい軽めのビートと、限りなく歌に近いラップがよく耳に残ります。本記事1曲目に紹介したケンドリック・ラマー「N95」とは対照的に「ベンツに乗ってショッピングしに行こう」や「バーキンもいいけどセリーヌもいいね」といった、まさにタイトルの「A Happier Song」というに相応しいゆるいラインが続くキュートな1曲です。

 アルバム全体としても社会的なステートメントが打ち出されているわけではなく、本記事のはじめに紹介したケンドリック・ラマーの新作とは対照的と言えるほど、気軽に聴ける軽快さを持っています。彼の代表曲「rockstar」で示されている、ある意味前時代的な”ロックスター”像をも否定しないスタンスを取るマローンらしい作品と言えるでしょう。

Post Malone - I Like You (A Happier Song) w. Doja Cat [Official Lyric Video]

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