Official髭男dism、7カ月に渡るツアー完遂 今のバンドのオリジナリティを反映したパーフェクトな構成によるエンターテインメント
2021年9月4日・5日に横浜のぴあアリーナMMからスタートした『Official髭男dism one - man tour 2021-2022 -Editorial-』が、4月16日・17日の松江市総合体育館公演でファイナルを迎え、7カ月以上に渡るツアーを完遂。横浜アリーナ、大阪城ホールなど全48公演開催され、全公演の総動員数は約30万人に及んだ。今回は追加公演となった3月19日・20日・21日のさいたまスーパーアリーナ公演の3日目の模様を振り返る。
筆者はツアー初日以来の観覧だったのだが、まずさいたまスーパーアリーナというキャパシティをいい意味で感じさせない、むやみに音量や音圧を上げないバランスの良いライブPAや実際の出音と映像のラグのなさに驚いた。スタンド最後列でのこの体験はノンストレス。チームの技術力に喝采を送りたい。
開場BGMであるMy Chemical Romanceの「Welcome To The Black Parade」が最高潮になるに連れ、観客のクラップも大きくなる。暗転後のスクリーンにはベッドから起き出し、楽譜を集めてピアノを弾き始める、藤原聡(Vo/Pf)の日常の視点を模した映像からスタート。生演奏の音が聴こえ、上下二段、横一列に並んだサポートメンバー含む10人のシルエットとともにツアータイトルが背景に映し出される。ショーの始まりを強く意識させる演出は毎回鳥肌モノだ。
オープニングは「Universe」。楢﨑誠(Ba/Sax)のベースラインが聴こえてほしいバランスで聴こえるし、小笹大輔(Gt)のオブリガートも同様だ。ツアー当初よりバランスがいいのは長いツアーならではの研鑽だろうか。力強いグルーヴと陽の要素を持つ感動的な「HELLO」「宿命」と続くブロックの中でも「Universe」が“顔”になった印象を受けた。続く日替わりコーナーのこの日の選曲は「115万キロのフィルム」。初めてヒゲダンのライブに参加した人にも馴染み深い「115万キロのフィルム」を序盤にセットしたと受け取った。
楽器チェンジで暗転し、無音の時間からも期待感がこもった言葉にならない熱が伝わる。照明が灯ると、松浦匡希(Dr)以外のフロント3人がハイチェアに座り、小笹も藤原もアコギを弾いての「Shower」。藤原は余裕綽々には見えないが、それが脆くて淡く、少し苦味のあるこの曲を率直に伝える。序盤のスケールからグッとパーソナルなムードも漂わせる。続いて楢﨑が好きな飲み屋での一期一会を楽しみにして、という意味のMCをして始まった「みどりの雨避け」では、ぬましょう(Perc)がスタンディングでバスドラムを叩くなど、架空の民族音楽のような温もりを添えていた。この曲の終わりにステージの高い位置でグリーンのライトが灯っていたのがなんとも粋だった。さらに小笹作詞作曲によるネオソウルフレーバーの「Bedroom Talk」では曲の肝になるレイドバックしたビートを松浦が表現。リラックスムードに思えるブロックだが、音数が少ない分、よりメンバーのプレイヤビリティを実感できた。
アルバム『Editorial』を聴き込んできたファンとツアーの成熟がリンクした瞬間が何度かあったのだが、深い自省を伴うからこそ本心への気付きから開放へ向かう「Laughter」が説得力を持つと同時に、その気持ちの強度を強めるような「フィラメント」がセットリストの中で大きな存在感を持つに至っていた。エンターテインメントであると同時に、ステージから伝わるメッセージはそれぞれの心臓を震わせ、巨大なアリーナの中でも自分の心と向き合うことになる。その要素を形作る曲が複数あることがとても頼もしかった。
ツアー序盤とは違い、「Anarchy」が加わったいま、セットリストのどこに配置するのかと思いきや、「フィラメント」の後奏のピッチが変化し、一転、タイトなビートで場面転換してスタートしたのは意外だった。解決しない大人の逡巡と少しの怒りも含まれたこの曲を牽引する硬めのビートとベースライン。ソリッドなバンドとしての強度を際立たせる新たなピースになっていたことは間違いない。
「Anarchy」を起点に折返し地点を明示し、「もっと行くぜ!」とエンジンをかける藤原はそのテンションとは裏腹に初見のファンにもとてもやさしい。自然とクラップで全員参加が促される「Stand By You」は観客がビジョンに投影されることで明らかにステージの上も下もテンションが上がる。「ペンディング・マシーン」と「ブラザーズ」では、サポートメンバーのキャラクターもよくわかるアメコミ風のアニメーションが流れ、ステージ左右に位置するメンバー同士のバトル仕様のストーリーと相まって、メンバー紹介も並行して行われるのもいいアイデアだ。ソロ回しが演奏だけでなく、キャラ設定されたバトルとして昇華されているこのブロックが、10人編成バンド感を強く印象づける。シンセ、ギター、ベース、パッドと八面六臂の活躍を見せる宮田'レフティ'リョウ、ピアノもトランペットもこなすよっしーの存在感も大きく前進。さらに楢﨑がバリトンサックスを携え、5人編成のホーン隊とステージを練り歩く「ブラザーズ」や「ノーダウト」。アレンジの多彩さが増し、松浦以外は定位置を離れ、9人が前面に居並ぶこともできるのだ。合奏のダイナミズムが視覚化されるハイライトと言える。