クリープハイプ、デビュー10周年に寄せて 尾崎世界観の歌詞から紐解くバンドの核心

クリープハイプ、デビュー10周年に寄せて

 クリープハイプが、2022年4月18日にメジャーデビュー10周年を迎えた。当日には、「ex ダーリン」が配信されたほか、尾崎世界観(Vo)による初の歌詞集『私語と』を発売。記念すべきタイミングに、これまでの足跡を辿る記念碑的作品がファンの元に届いた。

 失恋、孤独、劣等感……誰しもが胸に秘めているであろう苦々しい記憶や傷を、生々しく、ユーモラスな感性で音楽に昇華し、この10年で人気を不動のものとしたクリープハイプ。その間に尾崎世界観は芥川賞にノミネートされるほどの文筆家となり、バンド自体も“ロックバンド”として安直に語れないような変化を見せてきた。

 そんなクリープハイプの中核を担うのは、やはり尾崎世界観が生み出す言葉の力だ。この記念すべきタイミングに歌詞集を出したことも、楽曲を原案とした映画が作られたことも、尾崎の歌詞が強く支持されている証明と言えるだろう。本稿では、尾崎世界観の歌詞にフォーカスし、クリープハイプが歩んだ“10年の軌跡”とファンからも定評のある“ラブソング”について、2つのレビューで紐解いていきたい。(編集部)

“ない”を見つめ続ける尾崎世界観(文=小川智宏)

 優れた表現者は“ある”よりも“ない”を見つめる、ということなのかもしれない。改めて尾崎世界観の歌詞集『私語と』を読んでいて思った。尾崎の書く歌詞はいつだって“ないもの”や“なくしたもの”ばかりだ。それらは、言葉にして歌にすることで、初めて“ある”に転化する。もしかしたらそれが、彼が言葉で表現を続ける理由なのかもしれない。

 歌詞集は「ねがいり」で始まる。2006年、クリープハイプがリリースした初の全国流通盤の表題曲だ。当時は今とはまったく違うメンバーだった。その時期に発表された曲は、「チロルとポルノ」や「イノチミジカシコイセヨオトメ」などいくつかがメジャーデビュー後の作品に再録されている。「ねがいり」もそのひとつだ。シングル『寝癖』にリアレンジバージョンが収録されている。その「ねがいり」には、尾崎世界観にとってのひとつの原風景がある。〈いつまでも忘れないでよね そして欲しがらないでね〉という願いとは裏腹に、寝返りをするたびにこぼれていく〈大事なもの〉。ささやかな生活の中の喜びと愛、しかしそれすらもどうしようもなく忘れていく。尾崎の言葉は、いつも喜びと愛を探し、忘れていくことに抵抗している、そんな感じがする。

 実際、クリープハイプは“ない”ところから始まったバンドだ。ろくすっぽ見向きもされず、偉そうな大人に偉そうなことを言われ、最後にはメンバーすらもいなくなった。“ない”ことがアイデンティティだったのだ。この歌詞集の最後に収められている「exダーリン」、クリープハイプにとって大事な曲であり続けているこの曲でも尾崎はこう歌っている。〈あなたがくれた携帯のストラップ/大事な所はどっかにいって紐だけ残った〉。

 「イノチミジカシコイセヨオトメ」の〈明日には変われるやろか/明日には笑えるやろか〉はピンサロ嬢の話だが、少なからず尾崎自身の物語でもあるだろう。尾崎世界観はずっとポッカリと空いた空虚を見つめ、それを埋める“大事な所”を探して、ずっと歌詞を書き続けてきたのだ。それはメジャーデビューしてからも変わらない。レコード会社移籍、作家デビュー、芥川賞落選……そのときどきで彼を襲った波は、やはり“ない”を彼に突きつけ続けてきたのだ。

〈いつもちょっと届かなくて いつもちょっと間に合わなくて/何もいいことないから 死にたくなった〉(「風にふかれて」)

〈一瞬我に返る 君が居ない部屋に一人だった〉(「愛の標識」)

〈大切な物を無くしたよ/今になって気づいたのが遅かった〉(「手と手」)

〈これから季節が冬になってしまったら/誰が温めてくれるんだよ〉(「ラブホテル」)

〈なんとなく持て余した 二番のAメロみたいな/なんでもない時間が いまさら愛しい〉(「誰かが吐いた唾がキラキラ輝いてる」)

 尾崎の書いてきた歌詞には“ない”ものばかりだ。それは最新アルバム『夜にしがみついて、朝で溶かして』の収録曲でもそう。〈夜にしがみついて 朝で溶かして/何かを引きずって それも忘れて/だけどまだ苦くて すごく苦くて/結局こうやって何か待ってる〉(「ナイトオンザプラネット」)、〈振り向いても誰もいないのはわかってるけど/夜の道を猫背で歩いてる/まるで飼い主を探す犬みたいだな〉(「幽霊失格」)。どうしようもない空虚は、相変わらず尾崎の中にある。

 それでも、彼の書く歌詞にはある時期から少しずつ“ある”が増えてきたように思う。〈大丈夫、あたしに電話くれたら/もっと大事な物あげるから〉と歌う「大丈夫」や、〈ずっと探してた物はずっと前に見つけたんだな〉と歌う「本当」。〈何の確信も無いけどね/いつだって今が面白い〉と言い切る「今今ここに君とあたし」に、〈何もないあたしでも何があっても変わらないよ〉〈一生に一度じゃなくて/一生続いていく〉という「一生のお願い」。

 最近になればなるほど、尾崎の歌詞は今ここにある愛や未来に向けられた視線を掬い取る。バンドへの思いを初めて綴った「バンド」なんてまさにそうだ。愛や未来を歌う曲にかぎって「愛す」と書いて「ブス」と読んだり、〈だから言葉とは遊びだって言ってるじゃん〉(「しょうもな」)と言ったり、過去の曲名を引用したり、言葉遊びやひねくれた言い回しで誤魔化したりしているのがいかにも尾崎らしい。しかし、きっとそこには“ない”を見つめてきた彼なりの、何かしらの実感や期待が詰まっている。

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