歌詞における“クリープハイプみ”を構成する要素は? 「愛す」や過去楽曲を徹底分析
現メンバーになってから10周年を迎えたクリープハイプ。現在彼らは、特設サイト「#クリープハイプみが深い」を立ち上げ、様々なアニバーサリー企画を行っている。例えば、クリープハイプみが深いと感じる歌詞をリスナーから募集する企画「#クリープハイプみが深いパンチライン」や書籍『バンド』の刊行、新曲「愛す」(読み:ブス)と4種のリミックス音源の配信リリースなど。
“○○みが深い”とは、“悲しみ”や“痛み”のように、動詞・形容詞に接尾語“み”を付けて名詞化する文法から派生した俗語であり、平たく言うと、“クリープハイプみが深い”とは、非常にクリープハイプらしいということ。この記事では「愛す」の歌詞を分解し、歌詞表現における“クリープハイプみ”を構成する要素について考察していきたい。
さらに、項目別に他の曲での例を挙げながら、筆者の思う“クリープハイプみが深いパンチライン”も紹介していければと思う。なお、クリープハイプには尾崎世界観(Vo/Gt)と長谷川カオナシ(Ba)という2名のソングライターがいるが、両者の作風は(共通点もあるものの)異なるため、今回は尾崎が歌詞を書いた曲を中心に言及する。
(1)自分の気持ちを素直に言えない一人称像
まず、〈逆にもうブスとしか言えないくらい愛しい/それも言えなかった〉という「愛す」の冒頭の一節を紹介したい。クリープハイプの曲の一人称にあたる人物は、基本的に不器用である。それはもう、気恥ずかしくて“ブス”としか言えなくなるくらいに。それが裏返しの愛情表現なのだということも伝えきれないくらいに。このフレーズでは、そういったひねくれた人物像を伝えつつ、「愛す」と書いてブスと読ませるタイトルの背景も端的に説明。曲の歌い出しとして過不足が無く、これ以上にない表現と言えるだろう。
これ以降も、〈ような気がしないでもない〉と打ち消し語を重ねて結論を曖昧にするなど、主人公は「君」への想いをまっすぐ口にできていない様子。〈蕎麦の中の月見てる〉という描写も象徴的だ。「夏目漱石はI love youを“月が綺麗ですね”と訳した」という逸話があるように、二人で月を眺める描写はしばしば特別な意味を持つ。そう考えると、丼の中に浮かぶ卵黄は肩を並べて見ることができるのに……(→空に浮かぶ月は一緒に見ることができない)という状況は、内に秘めた愛情を「君」に伝えられない主人公のメタファーとも捉えることができる。最後には〈見上げれば空には月〉とあるが、その時にはバスがすでに出ているため、「君」はもうそこにいない。また、1番では〈ごめんね 好きだよ さよなら〉だった箇所は2番で〈好きだよ いまさら ごめんね〉に変わり、いよいよ「好き」を最初に言えるようになるが、これもまた一人きりになってからの出来事である。あの時素直になれていれば、もしかして違う未来が待っていたのだろうか。そんな後悔から来るやるせなさ、“今さら言っても遅いけど”という注釈付きのピュアな感情がクリープハイプの曲には存在している。
例:
・「ずっと傍に居たい」「あなたが好きよ」/言葉は遠回りして 迷子になってバイト遅刻(「左耳」)
・後悔の日々があんたにもあったんだろ/愛しのブスがあんたにも居たんだろ(「傷つける」)
・句読点がない君の嘘はとても可愛かった/後ろ前逆の優しさは、すこしだけ本当だった(「栞」)
(2)具体的と抽象的の間を行く物体の描写
〈肩にかけたカバンのねじれた部分〉というフレーズは他の曲ではあまり見かけないが、このフレーズを聴いた人はおそらくみんな似たようなイメージを浮かべるだろう。このように、尾崎は、常套句的な臭さを感じさせず、しかし多くの人が思い当たるであろう絶妙なラインを突く言葉選びをするのが上手い。そしてこれは、二人称の人物像を決定づけるほど限定的な描写ではなく、癖や特徴の一部、一人称との関係性をほのかに匂わせる程度に留まっているため、聴き手はそこに自分の思い出を重ねやすいのだ。クリープハイプの歌詞が“広く深く”刺さる理由は、この辺りにあるのではないだろうか。
例:
・一段低い所に置き換えたシャワーが たまらなくこの上なく愛しかったよ/簡単に水に流せない思い出(「愛の標識」)
・あなたがくれた携帯のストラップ 大事な所はどっかにいって紐だけ残った(「exダーリン」)
・下手くそな固結びはいつの間にかもうきつく絡まって/やり直せると思ってたのにな(「リバーシブルー」)
(3)同じ(似た)発音の単語の反復
〈ブス〉と〈バス〉、〈君〉と〈黄身〉、〈そば(側)〉と〈蕎麦〉、〈ベイビー〉と〈メイビー〉、〈会いたい〉と〈曖昧〉と〈あ、今いい〉のように、「愛す」では同音異義語や押韻を用いた表現が多々見られる。これは(長谷川が作詞曲も含めた)クリープハイプのほとんどの曲に共通する特徴だ。中でも、以下に例として挙げた「百八円の恋」のAメロは、「i-ta-i」と発音する単語しかほとんど登場しないという画期的なものだった。
例:
・会ったら飲んでデキそうな軽い女に見られて/吹いたら飛んで行きそうな軽い男に言われた/何もしないから少し休もうか(「ラブホテル」)
・痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い/痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い/でも/居たい居たい居たい居たい居たい居たい居たい居たい/居たい居たい居たい居たい居たい居たい居たい居たい(「百八円の恋」)
・君はリビングで見たくもないテレビを見てる/まるでリビングデッド虚ろな目をして待ってる(「2LDK」)