さユり、最新のモードで見つめ直した弾き語りという原点 凛とした歌で魅了した『ねじこぼれた僕らの“め”』レポート
ステージには、1畳ほどの絨毯と花瓶に挿された花、2本のアコースティックギター、キーボード。開演前のSEが流れる中、さユりは前触れもなくスッと姿を現し、椅子に腰掛けるとおもむろにギターを爪弾き始める。バーカウンターから聴こえる「カラン」という音さえも会場に響き渡るような一時の静寂。さユりは宙を見上げた後、大きく息を吐き、ゆっくりと歌い始めるーー。
さユりが初の弾き語りアルバム『め』をリリースしたのは、2020年6月。同年10月より初の弾き語りツアーとして行われる予定だった『ねじこぼれた僕らの“め”』がコロナ禍の影響で中止となり、改めて開催を発表したのが、2022年1月よりSpotify O-EASTを皮切りに全国9公演を巡る同名のツアーである。本記事では、ツアー初日となった1月13日のO-EAST公演をレポートする。
このツアーがはっきりと示しているのは、さユりにとって弾き語りとは原点であり、彼女自身の今を映し出しているということだ。
まず、さユりのライブスタイルは大きく2つに分けられる。それは透過スクリーンにアニメーション映像やリリックを映し出したものと、それらのスクリーンを一切使わない生身のバンド然としたもの。『ねじこぼれた僕らの“め”』が一旦中止になった後、さユりは様々な形でライブ/ツアーを行っているが、前者のスクリーンを使用した2020年末の『2.5次元ライブ 星を耕す』、さらにはオンラインライブとして2021年10月に開催された『LIVE DIVE 酸欠少女さユり』は最新の映像テクノロジーとさユりの楽曲が融合した特異なライブ表現だった。その2つのライブの間で開催されたツアー『「あたしとかみさま」2021』では、映像表現を一切使わないパフォーマンスを展開しており、どちらにも重心を置くことがさユりとしてのライブであると言える。
そしてもう一つ、音源においてもさユりは2つのスタイルに分かれる。デビュー曲「ミカヅキ」を筆頭とするシングル曲の多くは、編曲を担当している江口亮による歪んだギターノイズが印象的なサウンドアレンジに仕上がっている。その音数/情報量も相まって、アニメーションを主体としたMV/スクリーン映像との相性は抜群。対して、さユりはデビューシングルから最新シングル『世界の秘密』まで、一貫して「-弾き語りver.-」の楽曲を収録してきた(『「あたしとかみさま」2021』では、物販にて弾き語りCD『あたしとかみさま』を販売)。先述したアルバム『め』にも収録されていない弾き語りもあれば、オリジナルの前に弾き語りバージョンを音源化している楽曲も多くある。弾き語り(または路上ライブ)とは、さユりがデビュー以前から最も大切にしてきた居場所であり、それは簡単に路上ライブができなくなった今も彼女を真っ直ぐに貫いている軸の一つなのだ。
これらを前提とすると、今回の『ねじこぼれた僕らの“め”』は、「スクリーンを使わない(バンドスタイルでもない)」「弾き語り」という今までのスタイルとは異なるスイッチをオンにしているツアーだ。さらに言及すると、さユりの路上時代を彷彿とさせるあぐらではなく、椅子に座っての弾き語り。これは『「あたしとかみさま」2021』で披露していたアコースティックにも近いが、今回のツアーはサポートを入れないさユり一人だけ。彼女がInstagramからライブ配信する、そんなラフで自然体の弾き語りが最も近いのかもしれない。1曲目「オッドアイ」から、さユりの歌声がダイレクトに聴こえてきてライブの始まりを感じさせる。映像からの情報を遮断し、さらには音数を極端に少なくしていることによって、脳は自然と想像を始める。歌声の強弱、ファルセット、息継ぎ、間(ま)、ギターのストローク、フィンガーノイズ、ボディを叩くパーカッシブギター、そして歌詞。それはまるで脳裏に浮かぶスクリーンがゆらゆらと、さユりのパフォーマンスによって移り変わっていくような、そんな不思議な感覚だった。