さユり、最新のモードで見つめ直した弾き語りという原点 凛とした歌で魅了した『ねじこぼれた僕らの“め”』レポート
1時間30分に満たないライブは、全14曲で構成されている。驚くのは『め』からの披露は「オッドアイ」をはじめとする4曲のみだということ。セットリストの多くを占めるのは、「日向雨」のようなシングル収録の弾き語り、そして「ねじこ」「葵橋」といった2020年以降の配信曲である。中でも筆者の心を掴んだのは2021年にリリースされたシングル曲「世界の秘密」だった。
「例えば、渋谷。この街のことを歌った歌です。人は誰かを知らず知らずのうちに助けていたり、優しさは目に見えない形で人に届いたり、そんな風にして分かりづらくーー分かりづらいけど、愛おしく、街というのは息をしていて、その中で私たちは息をしている。そんなことを思いながら、作った曲です」
さユりはそう話した上で、「世界の秘密」を歌い出す。〈夜が明けたら〉〈花〉〈空白〉〈ネジ〉〈満ちて満ちても欠けてゆく〉といった過去の楽曲のキーワードを散りばめながら、テーマにあるのは人と人の繋がり、優しさ。壮大なストリングスが黎明を想起させるオリジナルもいいが、さユりの温かなアコースティックギターの音色はナチュラルに「世界の秘密」の世界観へと誘ってくれる。そして、真ん中に凛と立つのは渋谷の空へと優しく投げかけるようなさユりの歌声だった。
さらに今回の『ねじこぼれた僕らの“め”』では未発表曲の「世界の果て」、ライブ初披露となる新曲「月と越境」も歌唱された。2018年に開催された2マンツアーのタイトルからそのまま名付けられた「月と越境」は、かぐや姫(『竹取物語』)から影響を受けて歌詞を綴ったという。〈心の中からロケットを送信しています〉という出だしもまさにぶっ飛んでいるが、ラストにかけてガラッと表情を変える曲展開にも驚かされた。この先、オリジナルとして音源化された際は弾き語りとの違いを逆順序で楽しめるのも、今回のツアーに参加した者だけの醍醐味だと言えよう。
そして、参加した全員の意表を突いたのが、ピアノの弾き語りである。冒頭で先述したようにキーボードは開演前からステージに置かれていたが、筆者はサポートのバンドマンが登場して弾くのだろうと勝手に想定していた。さユりがピアノで披露したのは「BANDAGE」「トイ」の2曲。若干の頓智のようだが、確かにこれも弾き語りで、ツアーの範疇内にある。「BANDAGE」はコンテンポラリーな雰囲気に、「トイ」はギターによる疾走感がそのままピアノの持つ温かな音質に変化しているような印象を受けた。彼女は「ライブで弾いてみたいなと思って」と無邪気に話していたが、ツアーでピアノを披露するのは今回が初。終演後、気になっていつ頃からピアノを始めたのか本人に聞いてみると、最近だというのだから、ただただ驚くしかない。新たにピアノを取り入れたことによって、この先、楽曲作りにも変化が訪れることは必然と言えるだろう。
初披露の新曲に、ピアノの弾き語りーー『ねじこぼれた僕らの“め”』は、さユりにとっての原点である弾き語りを主軸にしながら、彼女自身の今を映し出したツアーである。