ラナ・デル・レイを知りそびれた貴方へ 最新作『Blue Banisters』と共に紐解く特異な佇まい

ラナ・デル・レイを知りそびれた貴方へ

 2→1→2→1→3→2→8。これはメジャーデビュー作『Born To Die』(2012年)から最新作『Blue Banisters』まで、ラナ・デル・レイが発表した7枚の作品の全米アルバムチャートにおける最高位である。同オルタナティブアルバムチャートでは『Blue Banisters』含め6度No.1を獲得しており、これはFoo Fightersの記録(同チャートで5度1位を獲得)を上回る。ちなみにUKチャートでは1→1→2→1→1→1→2で、カナダ、オーストラリア、欧州各地でも一桁の順位にチャートインしている。まずは、ラナが2010年代以降の音楽界を語る上で避けては通れない重要アーティストであることを示す、ひとつの数字的データとして提示しておきたい。

 翻って日本の状況はと言えば、彼女を一躍スターにした名曲「Video Games」が2011年にリリースされた当時は、海外での盛り上がりが温度差なく伝わってきて大きな注目を浴びたと記憶している。だがあれから10年を経て、今ひとつラナの認知度が上がっていないように感じなくもない。その要因は色々考えられるが、多作であるがゆえに、ぼんやりしているうちに取り残され、情報を更新できていない人がいても不思議ではない。しかもヒットシングルを生むことは眼中にないアルバムアーティストであることや、ビジュアルを含めた様式美も、敷居をやや高くしているのではないだろうか。また、来日が一度も実現しておらず、日本のメディアでも滅多にインタビュー記事を目にしないためか、親しみが湧くきっかけが生まれにくいのかもしれない。

Lana Del Rey – Video Games

 もっとも、取材をあまり受けないのは海外でも同じこと。ツアーを積極的に行なうタイプでもなく、時には発言が問題視されて炎上したり、メディアで手厳しく批判されることもしばしば。にも関わらず、常にアルバムは好セールスを記録し、音楽的な評価も高く、テイラー・スウィフトからビリー・アイリッシュまで他のミュージシャンたちからも愛されているラナには、何か秘めたる魅力がありそうだ。さらに、常に高い作品クオリティを維持している点では、一般的な常識を超えた領域に足を踏み入れているのかもしれない。

 ラナの本名はリジー・グラント、1985年にニューヨークのマンハッタンで生まれ、郊外のレイク・プラシッドで育った彼女は、ブロンクスにあるフォーダム大学在学中に音楽活動を本格化。2010年にはラナ・デル・レイと名乗ってインディレーベルから1stアルバム『Lana Del Rey』を発表しているが、自身の特異な表現ーー20世紀半ばのアメリカンカルチャーから拾ったノスタルジックなボキャブラリー、ブルーに煌めく熾火のような声、そしてシネマティックなサウンドスケープで形作られた、唯一無二のノワールな表現ーーを多彩なアプローチで掘り下げていくのは、世界で700万枚を売った『Born To Die』以降だ。例えばその『Born To Die』ではストリングスで彩ったトリップホップの独自解釈を試み、ロサンゼルスに拠点を移してThe Black Keysのダン・オーバックと制作した『Ultraviolence』(2014年)ではギターがリードするブルージーなロックを、続く『Honeymoon』(2015年)では『Born To Die』の世界をスケールアップさせたドリーミーなポップを志向した。『Lust For Life』(2017年)ではザ・ウィークエンドを始め多彩なゲストを交え、トラップなどの要素も取り入れる実験欲を示し、『Norman Fucking Rockwell!』(2019年)と『Chemtrails Over the Country Club』(2021年)では売れっ子プロデューサーのジャック・アントノフを起用し、前者では70年代ロック、後者ではアメリカーナやフォークにインスピレーションを求めるなど、アルバムごとに明確な音楽的アイデンティティを与えてきた。

Lana Del Rey – Chemtrails Over The Country Club (Official Music Video)

 同様に、破滅的な恋愛に溺れる受け身の女性像ばかりを描き、アンチフェミニストとの批判を散々浴びてきたラナだが、話はそこまで単純ではない。恋愛における男女の力関係を様々なアングルから考察してきた彼女は、性差別が不均衡をもたらすという側面も指摘しており、そうした自らのパブリックイメージをネタにする自虐的ユーモアも持ち合わせている。トランプ時代に突入してリリースした『Lust For Life』以降は、社会に広く視線を投げかけ、アメリカの理想と現実の乖離を踏まえ、普遍的なメッセージも発信してきた。そして近作では、長らく自身のソングライティングの舞台を提供してきた西海岸を離れアメリカの内陸を旅し、恋愛のゲームからやや距離を置き、自分の内面の幸福を追求しようとする傾向が見られた。

Lana Del Rey – Arcadia (Official Video)

 以上のように、緩やかに、でも着実に変遷を遂げてきたラナだが、では最新作『Blue Banisters』ではどこに辿り着いたのか? 『Chemtrails~』のリリースからわずか7カ月後に届いた今作は、フォーカスを絞って必要最低限の要素だけを残した、間違いなくこれまでで最もパーソナルなアルバムだ。前作のアメリカーナ路線の延長にあるオーガニックなサウンドで全編がほぼ統一され、大半を占めるのは、ドラムも排除したダウンテンポなピアノバラード。シンプルなプロダクションは彼女の声、そして、静かな佇まいの中にドラマ性をたっぷりとはらんだメロディの美を前面に押し出し、その声も時に割れたりかすれたり、かつてなく生々しい感触が残されている。

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