the band apart 木暮栄一「HIPHOP Memories to Go」第4回 新たな衝撃をもたらした“ジャパニーズ・ヒップホップとの出会い”

バンアパ木暮、日本語ヒップホップと衝撃の出会い

 the band apartのドラマー・木暮栄一が、20年以上にわたるバンドの歴史を振り返りながら、その時々で愛聴していたり、音楽性に影響を与えたヒップホップ作品について紹介していく本連載「HIPHOP Memories to Go」。前回は留学からの帰国後、高校時代に原昌和(Ba)の部屋に集まって様々な作品を鑑賞していったところから、バンアパの制作の原風景を知れるような内容だった。そして第4回では、木暮が海外のヒップホップを深く聴き込んで行った先に待ち受けていた、新たな衝撃の出会いにフォーカスを当てていく。(編集部)

既存の日本語ラップとは異なる“新たなオリジナリティ”との出会い

 中学時代の英語の成績は目も当てられないものだったが、海外生活のおかげで多少の英会話ならこなせるようになった。実地訓練恐るべしである。

 帰国してからも、気になった曲の英詞を自分なりに訳してみる、というのをよくやっていた。例えばNasの「One Love」の背景(刑務所に入っている仲間への手紙という形式を取りながら、ハードな日常環境の描写にそこで生きる者のアティテュードを滲ませていること)や、「Life’s a Bitch」での「20歳の誕生日を俺は早起きして祝った」のダブルミーニング(一般的なハッピーバースデイ的風景の裏に、20歳まで死なずに生きられたという嘆息が含まれている)を知った時は、聴き慣れた曲がより深みを持って迫ってくるような新たな感動を得たものだ。

Nas - One Love (Official Video)

 2000年代を風靡したリル・ウェインというラッパーの有名なラインで〈Bitch, real G’s move in silence like lasagna〉(「6 Foot 7 Foot」)というものがある。

 直訳すると、「ビッチ、リアルなギャングスタはラザニアみたいに忍び寄って襲いかかる」と、意味が通じない文章になってしまうのだが、これは発音されない“lasagna”の“g”とギャングを意味する“G”をかけて、「本物のギャングスタは発音されない“G”みたいに姿を隠して襲いかかるんだぜ」というワードプレイを含んだパンチラインになっている。

Lil Wayne - 6 Foot 7 Foot ft. Cory Gunz (Explicit) (Official Music Video)

 多少英語がわかるくらいだと、こういった歌詞の仕掛けは一聴しただけではもちろん気付かない。そうした言葉遊びや比喩に加え、それぞれの地方の訛り、コミュニティの中で使われる言い回しや隠語、時事ネタや流行語など、ラップに使われる言語表現は現在進行形で日々移り変わっていく。

 それを調べながら歌詞の意味を追っていくだけでも、かなり現代口語英語の勉強にはなるけど、僕たちが日常的に使っている日本語であれば、少なくとも“翻訳”のプロセスは必要ない。例えば、KNZZ&A-THUG「Doggies gang」でのA-THUGのライン。

 〈雹と雪が降る 雹と雪が降る/ 雹と雪が降る 野菜を食べる〉

 日本人なら表面上の意味は誰でも理解できると思う。しかし「え、これ何の話?」といった疑問符を頭に浮かばせるユーモラスな言葉の並び(川崎亘一は爆笑してました)が、実はそれぞれ様々なドラッグを指す隠語になっていて、こういうダブルミーニングのような表現に対しては、やはり母国語の方が理解が早い。一見奇妙な単語の組み合わせからユーモアを感じることができるのも、使い慣れた言語であるがゆえだと思う。

 90年代の洋ヒップホップの歌詞(最近のやつはこの頃に比べれば言葉数は少ない傾向です)を読解するのには、とにかく時間がかかった。ラップならではの俗語の連発や言い回しの妙、言葉遊びの機微を隅々まで味わうには、僕の英語力ではまだまだ不十分だったからだ。

 そんな時期に出会ったのが、日本のヒップホップだった。

 今でこそ様々な形の日本語によるラップが溢れているけれど、90年代の日本ではまだそれほどポピュラーなアートフォームではなかった。例えば小沢健二 featuring スチャダラパー「今夜はブギー・バック」、EAST END x YURI「DA.YO.NE」などの単発的なヒット曲はあったものの、そういったメディアに露出するアーティストにある種のアンビバレントな感情を抱きながら、東京の繁華街の小さなクラブを主戦場に切磋琢磨するラッパーたちがいることを、その頃の僕はまだ知らなかった。

 初めてそのシーンの断片に触れたのは、友達が貸してくれたミックステープに入っていたMICROPHONE PAGER「東京地下道」を聴いた時。D.I.T.C.やNasなどの曲から違和感のなく繋がるニューヨーク・アンダーグラウンドのムード満載のトラックと、日本語のスムースなラップ。そしてそこには、それまで僕が耳にしていた日本語ラップにあった“聴感上の違和感”のようなものがほとんどなかった……どころか、フューチャリングされているRINO LATINA Ⅱのラップの響きは、海外のラッパーに比べても圧倒的にオリジナルだったのである。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「音楽シーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる