the band apart 木暮栄一「HIPHOP Memories to Go」第2回 海外生活でのカルチャーショックと“A Tribe Called Questの衝撃”

バンアパ木暮、A Tribe Called Questの衝撃

 ヒップホップの洗礼を受けたのは、バンクーバーにいた16歳の時。

 父親の仕事の都合で約1年間の海外生活を余儀なくされた僕が、全く英語が話せない状態(中学3年時での英語の成績は5段階評価で2)で現地の高校に入学することになったのは1994年の春のことで、MTVではカート・コバーンの追悼番組が連日のように放送されていた。細かな内容はわからなかったものの、頻繁に出てくる“Suicide”という単語の意味を調べて、ああ、この人はもうこの世にいないのか、と理解したのを覚えている。

 編入手続きが済み、学校に通うようになって受けた最初のカルチャーショックが、同級生たちのファッションだった。

 日本と違って制服がないので、当たり前だけど各自が好きな服装で登校してくる。そして1994年のブリティッシュ・コロンビア高校では、半分くらいの生徒が、「それ、サイズ間違えてない?」と言いたくなるくらいオーバーサイズな洋服を身に纏っていた。

 さらには、昭和のジャパニーズ・ヤンキーが愛した変形学生服の極北である“ドカン”ライクなズボンを引きずるほど腰下で穿いていたり、人種や男女の関係なくゴールド・アクセサリーの着用率が高かったり、肘が隠れるサイズの半袖Tシャツからヒョウのタトゥーがのぞいていたりと、同年代の生徒たちの自由な自己表現と、それが許容されている学校、社会......その日本との大きな違いに驚かされたものだ。

 後にストリート・ファッションと呼ばれるようになる、そのルーズな洋服の着方は、僕が帰国する1995年頃からちょうど日本でも流行し始めるのだけど(ネットのない時代は微妙なタイムラグがあったんです)、そんな未来なんて知るわけもない西東京出身の15歳、古着のリーバイスをジャストサイズで着用していた僕からすれば、「何なんだ、あの半ケツズボンは。これが異文化というやつか......」と外国に来たことをぼんやりと実感しつつ、3カ月後にはGUESSのバギージーンズを39.99カナダドルで買ったりするようになる(郷に従うスタイル)。

 その具体的なビジュアルにもし興味がある人がいたら、『mid90s ミッドナインティーズ』や『KIDS/キッズ』という映画をチェックしてみると面白いかも。後者は特に昨今の90’sリバイバルのオリジン的記録でもあるし、2021年現在、時代は巡って「こんな感じの服装のヤツ、いま街にいるよね」と妙な既視感を覚えるかもしれない。

 そもそも90年代に生まれたいわゆる“腰穿き”やオーバーサイズ・ファッションの起源はなんだったのか。

 何でもググれる今の時代、ちょっと調べれば「大きめに作られた囚人服のサイズ感と、刑務所内では自殺防止のためベルトを着用できず、そのズリ下がったズボンの穿き方がストリートでクールとされた」「ヤバいブツを隠すため」「盗んだ服のサイズが合わなかった」といった、真偽不明の諸説を発見することができる。

 そして、どの説にも共通して滲んでいるのが、Dragon Ash「Grateful Days」でZeebra氏が言うところの〈悪そうな奴〉らが、そういう着方を始めたらしいという背景。

 そういった服装の見本を見つけることができるのは、当時の日本ならファッション誌なんだろうけど、カナダの場合、MTVで流れるミュージックビデオがその役割を果たしていたように思う。

 当時のMTVには、例えばSonic YouthやDinosaur Jr.といったメジャーどころから、カナダのローカルバンドのMVまで流すインディーロックの番組や、メタル、パンク、ダンスミュージック専門の番組など、メインストリームのヒットチャート番組に比べれば放送時間こそ短いものの、各ジャンルのアーティストをメジャー/マイナー問わずざっくりとフォローしたプログラムが複数あり、もちろんヒップホップ専門番組もあった。

 『Rap City』という名前の番組を見るともなく見ているうちに、学校にいる半ケツお洒落野郎たちはどうやらこの辺りを参考にしているっぽいぞ、と、画面に映るラッパーと腰穿き同級生たちの共通点を見出した僕は、何となくこの番組をチェックするようになる。

 そこで出会ったのが、A Tribe Called Questの「Award Tour」という曲。

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