【新連載】the band apart 木暮栄一「HIPHOP Memories to Go」 中高時代、メンバーの強烈な第一印象を振り返る

the band apart木暮栄一、新連載スタート

 俺は重度の朝顔中毒である。

 毎朝の出勤前には咲いたばかりの可憐な姿に「おはよう、行ってくるね」と声をかけ、1日の活力を得る。そして帰宅後には、萎んでしまった花びらに疲れ切った自分を重ねながら「今日もよく頑張ったね」と、安いウイスキーの杯を傾けるのだった。

 朝顔の鑑賞は法律で禁止されているので、俺のような重度の中毒者は違法栽培者から購入するしかないのだが、昨年再当選を果たした老練の都知事による肝いり政策『朝顔撲滅キャンペーン』で鼻息荒くした厚労省の役人によって、懇意にしていた栽培者が摘発されてしまった。

 まあ、しょうがない、自分がとっ捕まらなかっただけラッキーだったとしよう、それより、朝顔ちゃん......。

 ベランダの鉢植えには、枯れてしまった朝顔たちが物悲しく首を垂れている。彼女たちの寿命は短いのだ。そして俺は朝顔なしでは生きていけない。

 意を決した俺は、歌舞伎町へ出向くことにしたのだった。

 カモかそうでないかを見定めるキャッチたちの視線を感じながら、さくら通りの奥の細い横道に入ると、風俗店の派手な電飾の狭間にひっそりと佇む雑居ビルがある。ただでさえ見落としてしまいそうな入口は鉄格子のドアで閉ざされており、知らなければここがこのビルの通用口だとは誰も気がつかない。その奥にある薄暗い階段を最上階まで上がると、小汚い建物には不釣り合いの風格を備えた木製の扉があった。横には最新型のインターフォンが設置されている。その前に無言で90秒立ちつくす。決してインターフォンを押してはならないし、ノックして声を出したり、スマホを覗いたりもできない。何もせずにただ待つ、それが入店の条件なのだった。

 短いようで長い1分半が経過すると、解錠を知らせる機械音が響き、扉が自動で開いていく。

 この店こそ、いわゆる『違法朝顔バー』である。

 その証拠に、店に入る俺と入れ替わるように屈強な体格の男が出てきて、注意深く俊敏な動作でドアの外に目を配る。尾行を気にしているのだ。何の気配もないことを十分に確認すると、俺の方を一瞥して軽く頷きながら、男はドアを閉めた。

 深い色味のウッド調インテリアで統一された店内は、狭いながらもビルの外観からは想像のつかない高級な雰囲気を漂わせており、磨き抜かれたカウンターの奥には鋭い目をした先客が一人座っている。

 まずい、と思った時にはもう遅く、先客は俺の方を見るなり、ニヤリとした笑みを浮かべたかと思うと、一気呵成に話し出したのだった。

 「あれぇ、木暮さんじゃないですか、お久しぶりです、Real SoundのSです。いやあ、まさか、こんなとこで会うとは、こりゃちょうど良い、天啓とはこのことですね、えへへへ、こないだお貸しした朝顔代の利子の代わりと言っちゃなんですが、ちょっと一つお願いしたいことがありまして」

 欲望が冷静な判断を狂わせ、資本主義のクリーンな外面に潜む弱肉強食の構図は、そういう時にこそ思わぬ隙間からひょいと顔を覗かせる。しまった、と思った時にはもう手遅れなのだ。陥った状況が法の庇護より遠ければ遠いほど、情実の交わる余地も減衰していく。ワン・ミス、ワン・デッド。睡眠は死の従兄弟 by Nas。

 そして、この偶然の再会により、今コラムの連載が始まる運びとなる......。

(以上全てが嘘、偽りであります)

Real Sound読者の皆さん、はじめまして。

 the band apartの木暮と申します。

 ありがたくも今回よりしばらくReal Soundでコラムを連載させていただくことになりました。僕のような風来坊にこんな機会をくれた Real Soundと朝顔マニアのSくんありがとう。

 編集部よりいただいたのが、「the band apartの歴史とヒップホップ」という文字面に謎と重厚さを漂わすテーマで、まあ簡単に言えば、メンバーとの出会いから始まるバンドの時系列に沿いながら、その時々に僕が個人的に聴いていたヒップホップの愛聴盤・曲などを紹介していくというニッチな内容。

 なぜヒップホップなのかといえば、僕個人がバンド活動が始まる前に少しだけラッパーを目指して挫折した経験があり、それは置いておいたとしても、以来20年以上のヒップホップ・ファンとして、現在までその変遷を楽しく見守りつつ、音楽雑誌の新譜レビューでも時々その辺りを書き散らかしてきたので、その乱文を拾い読んでくれたSくんが、「the band apartの音楽性の背景の一つとして1ミリくらいは関係ないこともないだろうし、好きな分野が絡めばあのぐうたら野郎でも何とかやれるだろう」と見込んでくれたのではないかと思う、たぶん。

 というわけで、the band apartのメンバーという当事者的視点から見たバンドの紆余曲折とその周辺、そして歴だけは長い単なるヒップホップ・ファンとしての偏った視点、という2つの個人史を絡み合わせつつ、独断と偏見に満ちた文章を綴って参りたい所存です。

 初回となる今回は、我々のことを知らない読者への登場人物紹介も兼ねて、the band apart各メンバーとの出会いと第一印象について少し思い出してみたいと思う。

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