トレント・レズナー、実験的な手法で挑んできた映画音楽の功績 デヴィッド・フィンチャー最新作『Mank/マンク』を機に分析

 ハリウッド映画の伝統的なサントラのスタイルは、ジョン・ウィリアムズに代表されるようなオーケストラを使って物語を盛り上げる劇伴的なサウンドだ。それに対してトレントが『ソーシャル・ネットワーク』で試みたのは、メロディで登場人物の感情を表現するのではなく、一見無機質でありながら観客の感情にじわじわと作用する音楽。ノイズやミニマルミュージックなど実験的な手法を取り入れた、音響と音楽の境界にあるようなサウンドだ。これまでもそういった音響的なサントラはあったが、トレントのスコアは実験性と聴きやすさのバランスが絶妙で、感情のニュアンスを伝える繊細さもある。そこにはロックシーンで鍛えたノウハウも活かされているのだろう。そして『ソーシャル・ネットワーク』のサントラには、ポップスの主流がエレクトロニックなサウンドになった時代の空気も感じさせた。

 その後、トレントとロスは、『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)、『ゴーン・ガール』(2014年)とフィンチャー作品のサントラを次々と担当。エレクトロニックなサウンドをベースにした現代的なサントラに磨きをかけていった。近年ではフィンチャー以外の作品も手掛けるようになり、今年日本でも公開された『WAVES/ウェイブス』(2019年)や『mid90s ミッドナインティーズ』(2018年)といった話題作のサントラも担当。どちらも様々な楽曲が使用されたサントラだが、トレントとロスが手掛けたスコアが通底音となって映画に独自のムードを生み出している。『WAVES/ウェイブス』のサントラではキャストのセリフを何重にも重ねて、それをスコアの下地にするというトレントらしい実験的なアプローチで映画に緊張感をもたらしていた。

映画『WAVES/ウェイブス』海外版予告編
『ミッドサマー』のスタジオA24が贈る青春映画『mid90s ミッドナインティーズ』予告編
『Mank (Original Musical Score)』

 そんななか、公開されたばかりのフィンチャーの新作『Mank/マンク』もトレントとロスがサントラを手掛けているが、トレントのキャリアにおいて異色の仕上がりになっている。戦前のハリウッドを舞台にした『Mank/マンク』は、実在した脚本家、ハーマン・J・マンキーウィッツが名作『市民ケーン』の脚本を手掛ける姿を描いた作品だが、フィンチャーはモノクロの映像で『市民ケーン』が制作された頃のハリウッド映画の雰囲気を再現した。サントラに関してはトレントに一任されたそうだが、トレントは映像に沿ってオーケストラやビッグバンドを使ったハリウッド・スタイルの音楽に挑戦(参照:rockinon.com)。映画で描かれた時代に使っていた楽器だけで演奏した。『市民ケーン』のサントラを手掛けたのは、若き日の巨匠、バーナード・ハーマン。その精緻かつ複雑に編曲されたドラマティックなオーケストラサウンドは、ダニー・エルフマンなど様々な音楽家に影響を与えているが、トレントのスコアにはハーマンへのオマージュを感じさせる。また、所々に挿入されるジャズナンバーも堂々たるもの。トレントが初めて伝統的な映画音楽のスタイルに挑戦した本作は、いつもの悪夢めいた雰囲気を漂わせながらも洗練されていて風格さえ感じさせる。

 この後、「Disney+」での配信が控えているディズニーの新作『ソウルフル・ワールド』(2020年)でトレントとロスはアニメに初挑戦しているが、ディズニーとの異色の組み合わせで一体どんなスコアを聴かせてくれるのか期待が高まる。映画音楽界の異端児が、マエストロと呼ばれる日はそう遠くないのかもしれない。

『Mank/マンク』予告編 - Netflix

■村尾泰郎
音楽/映画ライター。ロックと映画を中心に『ミュージック・マガジン』『レコード・コレクターズ』『CDジャーナル』『CINRA』などに執筆中。『ラ・ラ・ランド』『グリーン・ブック』『君の名前で僕を呼んで』など映画のパンフレットにも数多く寄稿する。監修/執筆を手掛けた書籍に『USオルタナティヴ・ロック 1978-1999』(シンコーミュージック)がある。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「アーティスト分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる