トレント・レズナー、実験的な手法で挑んできた映画音楽の功績 デヴィッド・フィンチャー最新作『Mank/マンク』を機に分析

 2020年、T. RexやDepeche Mode、The Doobie Brothersなど大御所たちとロックの殿堂入りを果たしたトレント・レズナー。当初はトレントのみのノミネートだったが、のちに彼が率いるNine Inch Nails(以下、NIN)のメンバー全員が殿堂入りすることになった。トレントだけが指名されたのは、映画音楽の功績も高く評価されたからに違いない。『ロックの殿堂』の特番がテレビ放映される直前、トレントとの長年にわたる共作者で、NINのメンバーでもあるアッティカス・ロスは、HBOの人気シリーズ『ウォッチメン』のサントラでエミー賞を受賞した。2人は2010年に『ソーシャル・ネットワーク』のサントラでアカデミー賞作曲賞を受賞していて、映画に続いてテレビの世界でも頂点に立ったのだ。ロックの殿堂入りが決まった時のインタビューでトレントはアカデミーを受賞した時のことを振り返り、「シュールな体験だったよ。俺はオスカーなんて無縁なところからやってきたから」(参照:ローリングストーン)とコメントしていたが、確かに彼は映画音楽の世界では異端者だった。

 アメリカのペンシルヴァニア州の小さな町に生まれたトレントは、12歳の頃からピアノを弾き始めた。ハイスクール時代は地元のロックバンドでキーボードを担当しながら、ジャズバンドでサックスを吹いたり、マーチングバンドでチューバを吹くなど、様々な楽器を手にして音楽の才能を発揮。大学に入ってコンピュータ・エンジニアリングを学んだが、音楽の道を志して1年で中退する。そして、レコーディングスタジオでアシスタント兼管理人として働きながら、スタジオが空いた時間にデモをレコーディングした。トレントはドラム以外の楽器はすべて自分で演奏して多重録音で曲に仕上げ、デモ音源を手当たり次第にレコード会社に送った。そのすべてのレコード会社から契約したいという返事が届いたというから驚きだ。そして、トレントはNINとして1989年にデビュー。エレクトロニクスとヘヴィなロックを融合させたサウンドや過激なライブパフォーマンスで注目を集めていく。ロックフェス『ウッドストック1994』で全身泥だらけで歌う伝説的なパフォーマンスを見た観客は、のちに彼がグラミー賞ではなくアカデミー賞のオスカーを手にするなんて思いもよらなかっただろう。

 そんなトレントが映画音楽に関わるきっかけになったのは、オリバー・ストーン監督の依頼で『ナチュラル・ボーン・キラーズ』(1994年)のサントラをプロデュースしたことだった。犯罪を重ねていく無軌道なカップルのロードムービーだが、その暴力的な内容がNINのイメージに合ったのだろう。トレントはNINの新曲を書き下ろし、映画に使う曲を選曲。そこに映画のセリフを織り交ぜて、コラージュのような構成にすることをストーンに提案したという。

Natural Born Killers (1994) Official Trailer – Woody Harrelson, Robert Downey Jr Movie HD

 続いてトレントは、デヴィッド・リンチの映画『ロスト・ハイウェイ』(1997年)のサントラをプロデュースして、サントラ用にNINとして1曲、個人名義で2曲の新曲を提供した。この個人名義のインスト曲が、映画音楽作曲家としてのトレントの出発点と言えるかもしれない。トレントが影響を受けたイギリスのノイズユニット、Coilのピーター・クリストファーソンをフィーチャーした「Videodrones; Questions」は呼吸音と遠くで鳴っているシンセの音で構成された曲。そして、「Driver Down」は前半はNINばりにギターのリフが刻まれるが、後半はピアノとサックスによるアンビエントな展開になる。この音響的とも言える曲がトレント独自の作風として確立されたのが、初めてロスと組んでフルスコアを手掛けた『ソーシャル・ネットワーク』だった。

 『ソーシャル・ネットワーク』はFacebookを立ち上げたマーク・ザッカーバーグの物語だが、サントラを制作するにあたって、監督のデヴィッド・フィンチャーとトレントは早い段階でオーケストラを使わないことを決めた。そして、完成しているシーンにNINのインストアルバム『Ghosts I-IV』(2008年)の曲が仮にあてられているのを知ったトレントは、フィンチャーのサントラのイメージを掴んでロスと曲を作り上げた。そして、映画のオープニングシーンに「Hand Covers Bruise」をあてた時、サントラの方向性に確信を持ったという(参照:Pitchfork)。ミニマルなピアノとノイズを組み合わせたこの曲は、マークがバーから学生寮に帰るまでの間に流れるが、マークの感情や状況を音楽で説明しない。そこで観客が感じるのは、何でもない風景の中に漂う不穏な気配だ。フィンチャーはネット世代のカリスマを肯定も否定もせず、その謎めいた存在を、エレクトロニックな冷ややかさとロックの生々しさを併せ持ったトレントのスコアで巧みに表現した。

映画『ソーシャル・ネットワーク』予告編

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