怒髪天、“3密回避”で行われた日比谷野音公演徹底レポ 有観客での本格的再始動へ大きな意味を持つライブに

怒髪天日比谷野音公演徹底レポート

「海苔弁をナイフとフォークで食わしてる感じだ……。箸でガーッと食わしてやりたい。なんとかしてやりたい。だがしかし、何もできない、待つしかない……。いちばんヤなパターンだよね」

 増子直純(Vo)は会場を見渡しながらそう言った。キャパは半分、3密回避の規制の中で行われたライブ。オーディエンスは声出し禁止。怒髪天ライブの大きな醍醐味であるコール&レスポンスが封印された状況下である。しかしながら、日比谷野外音楽堂にて高まった熱気は、雨模様を返り討ちにするほどに大きなものとなっていた。7月に行った自身初となる無観客生配信ライブ『怒髪天 delivery 響都ノ宴 “カラダ立ち入り禁止。第一回、タマシイ限定ライブ。カモン!俺達界隈(魂のみ)。”』(参考記事:怒髪天、京都磔磔から無観客生配信ライブ『響都ノ宴』を届けた意味 リハーサルから本番までを徹底レポート)に続いて、有観客での本格的再始動ともいうべき『怒髪天 必要至急特別公演 キャプテン野音2020 ~1/2の神話(キャパ)~』は、この日の増子の言葉を借りれば、「小さな一歩だと思ったけど、わりとデカい一歩」を踏み出した、大きな意味を持つライブとなった。

びっくりするほどいつもどおりのリハーサル風景

 2020年9月6日。台風10号の猛威はここ日比谷野音にもおよんだ。午後2時過ぎ、リハーサル真っ最中、雷鳴とともに豪雨襲来。しかしながら、リハは順調に進み、予定より1時間近く早く終了した。午後3時に差し掛かる頃にはすっかり雨は止んで、「本番降らないといいね」「わからないですよ、だって怒髪天だから(笑)」などと、さすがは荒天バンドの百戦錬磨のスタッフらしい会話が飛び交いながら、カメラ機材周りのチェックが入念に行われる。本日の模様は11月に行われるフィルムギグツアー『怒髪天 爆音上映会&トークTOUR2020 “4人いてライブせんのか~い!”』のために映像収録されるのだ。

 久しぶりのワンマンライブ、加えてこのご時世の制約の多い中での開催とあって、張り詰めた緊張感が……と思いきや、びっくりするほどいつもどおりで、早く終わったリハが物語るように拍子抜けするくらい準備は順調に進む。メンバーもリラックスしながら開演までの時間をそれぞれに過ごしている。

 場外へ出てみる。先ほどまでの豪雨が嘘のように空には晴れ間すら見えている。浴衣姿の観客も見受けられた。キャパは半分、ソーシャルディスタンスを保ちながらの整列であるために通常の野音ライブ前の様子とは少々異なる光景であるものの、久しぶりの怒髪天ワンマンライブへの期待感が高まっていることは目にも明らかだった。

 再びバックヤードに戻る。頻繁にトイレへ行き来する増子の姿が目に入った。少し緊張気味なのだろうか。スタッフよりオンタイムスタートの知らせが届き、開演15分前になると、準備万端のメンバーが廊下に集まる。「坂さん、忘れ物ない?」増子の問いに対して、得意気に首を縦に振る坂詰克彦(Dr)。派手な色に染めたモヒカン頭の清水泰次(Ba)が湿気と汗で手が滑ると言うと「ベビーパウダーがいい。赤ちゃんのお尻みたいに(笑)」と、増子が答える。他愛のない話が飛び交いながら和やかな雰囲気に包まれている。ステージでは開演に先立って、担当イベンターからの注意喚起が始まる。すると、メンバーはステージ袖口に移動。スタッフから増子に“櫛”を投げ入れることがNGであることが告げられる。いつもであれば、颯爽と登場した増子がバッチリキメた髪を櫛で梳かし、そのまま客席に投げ入れるのがお決まりであるが、それができないことを告げられたのである。先ほどまではいつもと変わらないライブだと思っていたが、そうではないこの現況をあらためて思い知らされた一幕であった。「投げる前にシュッと(消毒する素振り)、……でもそれじゃ、サイン消えちゃうもんなぁ」と、増子は笑いながら答えていたが、少し寂しそうだった。

 「あ!」と何かを思い出したように坂詰が急いで楽屋に戻る。どうやら忘れ物を思い出したようだ。先ほど増子が確認していたのだが……。そんな坂詰を清水が追い、楽屋に入った坂詰が出てこられないようにドアを押さえつける。これが結成36年目、50代のロックバンドの日常である。そして、なんとか出てきた坂詰、「商売道具を忘れちゃった」……まさかのドラムスティックを忘れていたようだ。誰も口には出さなかったが、メンバーのみならず、スタッフ含めその場にいた全員が無言で「おいっ!」と突っ込んだ。照れたように頭を掻く坂詰。あらためて、これが結成36年目50代のロックバンドの日常である。

 出囃子「男祭」が流れると、メンバーはスタッフとともに円陣を組み、気合い入れをしてステージへと向かって行った。

「ルールを守る」という、いちばん苦手な状況下でのライブ

「よく来たぁ~! それではお手を拝借!」

 増子の一声に野音いっぱいに上がった両手が右へ左へと振り乱れる。オープニングナンバーは「オトナノススメ」だ。声が出せない分、これでもかというほどいつも以上に大きめに手を振って応えていくオーディエンス。ソーシャルディスタンスにより、観客1人ひとりのスペースがいつもより広いため、これでもかというほど大きく振っても大丈夫だ。その様はメンバーも口にしていたが、キャパ半分には見えない、満杯さながらの野音の光景であった。

 増子が例の櫛を取り出し、客席に投げる素振りを見せて少し寂しそうな顔を見せる。その行動を見て察したファンが前列に居たのか、増子が指をさしながら笑う、といったエア櫛投げを思わせるやりとりが見受けられた。そんな怒髪天を愛する俺達界隈(ファンの呼称)へ向けられた曲、「スキモノマニア」を間髪入れずに畳み掛ける。スピード感溢れるビートに乗せて〈悪趣味の極み〉と叱咤しながら〈まったくイカれたヤツらだぜ!〉〈まったく可愛いヤツらだぜ!〉と、今日ここに集まってきた界隈を全身全霊で歓迎していく。力強いビートを刻む坂詰も、グルーヴのうねりを作っていく清水も、シュレッドなギターソロを華麗にキメる上原子友康(Gt)も、愛のある辛辣な歌詞を煽りながら歌う増子も、会場に集まった一人ひとりの顔をじっくり確かめるように見渡し、安心したような表情で演奏している。そして、増子が叫ぶ“俺の声”と、オーディエンスが心の中で叫ぶ“お前の声”がばっちり合った「濁声交響曲」が夕暮れの日比谷の空高く響いた。

「このご時世、来るまでにいろんな決断もあったでしょう。よく来てくれたありがとう!」

 増子が礼を述べた。「今日はルールを守って、という我々がいちばん苦手な……」と笑いを誘いながら「声を出してはいけない、笑ってはいけない、……我々はMCで笑いを取るタイプのバンドではないので」といつも通りの饒舌っぷり。「待ちに待ったライブだから、思う存分ロックしていこうぜ」とピースサインを高らかに始まった「セイノワ」。〈世界は遂に此の俺達を殺しにかかるつもりみたいだ〉と始まる歌い出し、足を大きく広げ、地に足をしっかりとつけるように歌う増子。〈共に生きて明日へ〉と力強く歌われるこの歌は、今の怒髪天含めた音楽業界全体の気持ちを表しているようで深く胸に突き刺さってくる。「明日への扉」では緻密なアレンジながらも巧みなアンサンブルを轟かせ、「せかいをてきに…」ではレゲエの伸び縮みある柔軟さで魅せていく。貫禄ある演奏だ。

増子直純(Vo)
増子直純(Vo)

 辺りもすっかり暗くなり、真っ赤な閃光に照らされたハードコアチューン「天誅コア」、重心の低いグルーヴで重厚なバンドの凄みを放つ「トーキョー・ロンリー・サムライマン」。なんだか一際哀愁感を感じた「サムライブルー」、と男気溢れるナンバーが続く。

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