磔磔が育んできた、ライブハウスとミュージシャンの関係 ドキュメンタリーを機に数々の名演、バンドシーンの変遷を振り返る

 京都の老舗ライブハウス、磔磔のこれまでの歩みをまとめた番組『磔磔(たくたく)というライブハウスの話』が、8月7日にフジテレビでオンエアされて話題を集めた。

 この番組は、ナビゲーターを務めたDr.Feelgoodのウィルコ・ジョンソンをはじめ、磔磔への出演経験を持つミュージシャンたちが同店のエピソードを振り返るほか、初代店長の水島博範氏、2代目店長の息子・浩司氏の思いを紐解いていくドキュメンタリー。関西の名物小屋の裏側を映し出すだけではなく、新型コロナウイルスの苦境にあえぐ全国のライブハウスの現状についても脳裏をよぎらせる、意味深い内容となっている。

 今回は、同作について触れながら、ミュージシャンや音楽ファンにとってライブハウスがどんな場所であるかを考えていきたい。

「磔磔(たくたく)というライブハウスの話」ティザースポット2

出演者が客席間を縫ってステージへ向かうプロレスの花道感

ウィルコ・ジョンソン『Red Hot Rocking Blues』

 京都市下京区の地下鉄四条駅近くで営業をしている磔磔。もともとその建物は大正6年5月に造られたという日本酒の酒蔵で、1974年にレコード喫茶として新装開店。間もなくしてアルバイト勤務だった水島博範氏が店長に就き、同時期から音楽ライブをおこなうようになって現在に至っている。

 磔磔の特徴のひとつは、前述したように元酒蔵をライブハウスに変えたという「建造物としてのおもしろさ」があげられる。番組に出演するミュージシャンたちもそのことを語っており、ウィルコ・ジョンソンはかつて酒樽だった木をテーブルや床に使用していることを紹介。「俺たちは酒の木の上を歩いている」と嬉しそうに店内を見渡す。細野晴臣も「最近の建物にはない、馴染んだ雰囲気がある」と木造建築から漂う味わいを噛みしめる。友部正人は「大きなギターのなかにいる感じ」と独特の言い回しで磔磔の魅力を話し、チバユウスケ(The Birthday)は「京都っていったら磔磔っていうのはあるかな」と語った。

The Birthday / 涙がこぼれそう -Live at 磔磔- Short ver.

 実際に磔磔へ行ってみると、古き良き蔵構えとその店前に広がるアスファルトの駐車場の新旧混在感がおもしろく、さらに木の板で覆われた内装、座敷席などによっても良い意味で時代のズレに襲われる。筆者がはじめて磔磔に足を運んだのは20年以上前だが、当時ハタチにも達していなかった若造は、イマドキのライブハウスとは明らかに違う雰囲気から、どこに居場所を作れば良いかと妙にソワソワした覚えがある(着座スタイルの公演時は特に迷った)。

 ちなみに建物の構造の話で欠かせないのは、場内後方に階段があり、そこを上がった2階に出演者の楽屋が設けられている点。開演時刻になってその日の主役が階段上に現れたときの高揚感、お客の全員が後ろを振り向いて注目する一体感、演者が階段を降りるという意図せず醸し出される演出感、そしてミュージシャンたちが客席の間を縫うようにしてステージへと向かうプロレスの花道感。

 時には2階楽屋から待機時のミュージシャンの声が聞こえてくることもあるし、客席後方から登場するという異色さなど、他のライブハウスでは不便に思われそうなことも、すべてスペシャルな空間に変えられる部分が磔磔の唯一無二な魅力である。

岸田繁はオーディション落選、少年ナイフの磔磔初ライブは客数35人

 また外壁、内壁に所狭しと貼られているフライヤーやポスター、そして手書きのウェルカムボードの数々も特徴的。その見た目の騒々しさも磔磔ならでは。楽屋にまで過去のウェルカムボードがびっしり。オーティス・クレイ、ドクター・ジョン、アーマ・トーマス、The Neville Brothersら錚々たる“外タレ”の名前がある。

 このウェルカムボードの起源となったのは、ブレイクダウンの頃から何度も磔磔のステージに立ち、また同店でアルバイトもしていた近藤房之助。番組のなかで、憧れのO.V.ライトのライブを実現させたときにボードを手書きしたことを明かしている。

 磔磔はそういった海外ミュージシャンにとってもおなじみのハコである。クラレンス・“ゲイトマウス”・ブラウン、ダグ・サーム、アルバート・キングらもやって来た。ウィルコ・ジョンソンは、ライブ時だけではなくプライベートでも磔磔に訪れるほどこのライブハウスを愛している(その理由の一つとして、水島博範氏が「弟に似ているからさ!」と番組内で冗談を言っている)。

 うつみようこ、竹安堅一(フラワーカンパニーズ)も磔磔で海外ミュージシャンを観たときの影響を口にし、コヤマシュウ(Scoobie Do)は「この場所に来ると、憧れのソウルマン、ブルースマンの気持ちに近づくような気がする」と同じステージに立ったときの感慨の深さを表した。

 一方で泉谷しげるは「磔磔は、有名であること、売れることではなく、自分たちを熱くしてくれる人間を大事にしてくれる。メジャーで満足しないやつらの溜まり場として存在している」と、海外やメジャーの人気ミュージシャンだけではなく、インディーズを含めて、磔磔という「場所」がアーティストを育てたことを強調する。

 岸田繁(くるり)は、高校時代に組んでいたバンドがオーディションで落とされたと笑う。少年ナイフのなおこは磔磔での初ライブについて「お客さんが35人だった。磔磔でのライブとしては少ない数」と振り返った。30年以上前のことであっても、彼女の表情からはどこか悔しさが伺える。それぞれ、駆け出し時代に苦い思いを磔磔で経験。しかし両者のその後の活躍は誰もが知るところだ。

 三宅伸治はライブ中に勢いあまって店前の提灯を破ってしまったそうだ。終演後、水島博範氏に謝りに行ったとき、「このお詫びはずっと磔磔に出れば許してやる」と言われたそう。ミュージシャンに対するシビアな目線、寛容さ、ライブへの理解の深さこそが、磔磔が信頼され、愛されている理由だろう。

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