ケラーニ、キアナ・レデ、ブランディ……2020年を彩る女性R&Bシンガーの新譜5選
・Kehlani『It Was Good Until It Wasn’t』
・Kiana Lede『Kiki』
・JoJo『Good to Know』
・Brandy feat. Chance The Rapper 「Baby Mama」
・Teyana Taylor「Made It」「Bare Wit Me」
今年の初めにラッパーのヤング・M.Aが「(今)R&Bはほとんどない」とツイートしたことがきっかけで加熱したR&B論争。それに対して「良いR&Bはたくさん存在しているけれど、メインストリームのラジオで流れていないだけ。」とPJ・モートンが反論したように、今年に入ってからも追いきれないほど素敵なR&B作品がズラリと発表されています。シンガーのタンクは自身のInstagramで積極的に他アーティストの新譜を紹介したり、『R&B Money Podcast』と題したインタビューを企画するなど、むしろR&Bアーティスト同士のサポートは件の発言の反動で強くなっているのかもしれません。
音楽シーン全体としては、あらゆるジャンルを越境し呑み込むセンセーショナルな作品に注目が集まるのが常ですが(もちろんそういう作品も大好きです)、特定のジャンルが持つ様式美にもきちんと目を向けたいところ。今回紹介する5人の女性アーティストたちは、スタイルはさまざまだけれど、やっぱりR&Bの文脈で紐解くのがしっくりきます。
激動の数年間をくぐり抜けたケラーニが綴るドラマティックな物語集
Kehlani『It Was Good Until It Wasn’t』
親しい仲であったマック・ミラーやレクシー・アリジャイらとの死別、第1子となる娘アデヤの出産(父親はツアーギタリストを務めていたジャヴォーン・ヤング・ホワイト)、昨年末からビッグカップルとして話題だったYGとの破局……と、この数年間のうちに人生のアップダウンを激しく駆け抜けたケラーニが、ミックステープに位置付けられた昨年の『While We Wait』を挟んでフルアルバム『It Was Good Until It Wasn’t』を完成させた。
“悪くなる前までは、良かった”というタイトルは、カナダツアー中に訪れたドレイク宅での会話中にケラーニ自身が使った言葉だそうで、激動な彼女の人生を見事に言い得ている。絶えない噂話を一蹴する「Everybody Buisiness」(サビではファレル・ウィリアムスの「Frontin’」の一節を引用)や、元カレYGと結んでいたオープンリレーションシップを示唆する「Open(Passionate)」など、ケラーニ印とも言える赤裸々なリリックも健在だ。前作『SweetSexySavage』で目立ったポップさは減退し、アルバム全体は自主制作時代のミックステープに近しい感触。そう思って過去作を聴き直すと、現在のR&Bトレンドとなるサウンドを活動初期から先取っているのがわかって面白い。
また本作は客演陣も豪華で、アリーヤ「Come Over」をサンプリングした「Can I」ではトリー・レーンズが、「クラブは嫌いだけど、あなたがいるから来たの」と歌う「Hate The Club」ではマセーゴが登場する。今や安心印のごとくR&Bの重要作品に欠かせない存在となったジェネイ・アイコとラッキー・デイは本作でも快演し、意外な組み合わせにみえたジェイムス・ブレイクとのデュエットもハマっている。
なおアルバムに先駆けてリリースされたものの、楽曲をめぐってキーシャ・コール、カマイヤと三つ巴のトラブルを生んだ「All Me」は未収録に。それでも彼女は「2人をソロアーティストとしてリスペクトしている」と前向きだ。
不要なビーフに気をとられず、今を生き抜いていく。いい時も悪い時も乗り越えるケラーニの底力は、そんなところから生まれているのかもしれない。自粛期間とリリースが重なりセルフプロモーションで勝負した本作は、全米アルバムチャート“Billboard 200”で見事2位を獲得している。
2000年代前半の空気を現行サウンドに昇華した待望のデビューアルバム
Kiana Lede『Kiki』
前述のケラーニや、サマー・ウォーカーらと並び、現行R&Bを引っ張る女性シンガーとして台頭を表しているキアナ・レデ。当サイトでも取り上げた(参考 : クイーン・ナイジャ、キアナ・レデ……2019年上半期新世代R&Bアーティスト作品を振り返る)EPから約1年、待望となるデビューアルバム『Kiki』が到着した。
キアナと同じくロサンゼルス在住のプロデュサーチーム、Rice N' Peasが大半の楽曲を手掛けた本作は、Outkast「So Fresh, So Clean」を替え歌的にリメイクした先行シングルの「Mad At Me.」に代表されるような、2000年代前後のR&B/ヒップホップの空気が全編に漂っている。ブランディー「Have You Ever」の切なさをそのまま落とし込んだ「Honest.」も同路線と言えるだろうし、今年に入ってからニーヨやV. ボーズマンも引用しているMtumeの大ネタ「Juicy Fruits」使いの「Labels.」も、描いているのは80’sサウンドというより、同作を用いたヒップホップ世代の情景だ。
「Plenty More.」をはじめ随所で聴かせるディープな歌唱にも磨きがかかり、確かな表現力を放つキアナ。自粛を保ったまま互いの自宅セルフィーでMVを制作したアリ・レノックスとの「Chocolate.」や、6LACK、アリン・レイといったデュエット相手とのやり取りもハズレがなく(ここでもまた登場のラッキー・デイは、最高の泣き節っぷり!)、実に2020年らしいR&Bボーカル作品だ。
ボーカリストとしての確固たる自信。ジョジョが魅せるR&Bの世界
JoJo『Good to Know』
弱冠13歳にしてデビュー曲「Leave (Get Out)」が“Billboard Pop Songs”チャートで1位を記録。2ndアルバムからも「Too Little, Too Late」がゴールドディスクを獲得するなど、歌ウマキッズシンガーとして順調にキャリアを積んでいたジョジョだったが、その後は当時所属していた<Blackground>からサポートが得られずに失速。がんじがらめの契約で身動きの取れなかった間に、自主制作のミックステープを発表しつつ活動を継続した彼女は、2014年に念願かなってレーベルを離脱。ようやく鳥かごから解き放たれたようだ。
自らを「ポップシンガーではなくソウル/R&Bシンガー」と位置付ける彼女の確かな歌唱力はブラックコミニティでも支持率が高く、昨年ニューオリンズのEssence Festival(アメリカの黒人女性誌向けカルチャーマガジン『Essence』誌が主催する世界最大規模のブラックミュージックフェス)でPJ・モートンのステージに登場したときの歓声はすさまじかった。
通算4枚目となる『Good to Know』は<Warner Records>傘下となった自身のレーベル<Clover Music>よりリリース。近年ではチャンス・ザ・ラッパー「Same Drugs」を手がけたリドが約半数でプロデュースを担当し、過去最高にR&B濃度の高い作品となった。
サビのリフレインがクセになる先行シングル「Man」や、H.E.R.を思わせる「Small Things」など、ありったけの歌唱力を無駄にひけらかさず、楽曲のムードに溶け込ませる形で生かしている。全体のテンションは決して高くないが、「まだまだ歌えるわ」と聞こえてきそうな余裕の快作だ。本作には収録されなかったが、アルバムに先駆けてリリースされていた「Joanna」と「Sabotage」の2曲も必聴。この先も間髪入れずに突き進んでほしい。