宇多田ヒカルの音楽に不可欠な“緊張と緩和”の正体 『美食探偵』主題歌「Time」から紐解く

宇多田ヒカル楽曲の“緊張と緩和”の正体

 Skrillexとのコラボレーション作「Face My Fears」以来、およそ1年4カ月ぶりに届けられた宇多田ヒカルの新曲「Time」。哀愁と勇ましさが交錯する、巧みな構造のミディアムナンバーだ。僕はこの楽曲に、ただならぬ安心感を覚えた。彼女が地道に形成してきた方式やクセが丁寧に落とし込まれ、“いつもの宇多田ヒカルらしさ”を極めて素直に鳴らしていたからだ。SNSを見ても、「Time」が醸す何とも言えない懐かしさに膝を打つファンは数多い。僕を含め、きっと宇多田の作品に愛着があればあるほど、反射的にのめり込んでしまう1曲のように思う。

 「Time」を聴いて最初に頭をよぎったのは、宇多田と小袋成彬によるコラボレーション楽曲の数々だった。「Time」の歌詞における、恋心を抱きながらも肝心の相手には伝えられないもどかしさや、そのような状況からくる超然とした態度は、初タッグ作「ともだち」(アルバム『Fantôme』収録)をナチュラルに彷彿とさせるし、R&Bのベーシックなグルーヴを従えたトラックにおいては「ともだち」のほか、小袋が編曲に携わった「Too Proud feat. Jevon」(アルバム『初恋』収録)にも相通じる。ちなみに、「Time」のプロデュースにも小袋は関与しており、デリケートかつメロウな楽曲ごとに彼の存在があるのは、もはや決して切り離すことのできない必然的で重要な事象と言える。

 冷ややかで落ち着いたムードをたたえる一方で、「Time」はとにかく起伏が激しい。近年の宇多田を象徴するプリミティブな音使いは健在でありながら、とりわけ「Time」は、スネアの位置を微妙にズラして動揺を表現したり、終盤にはさらに錯乱するかのようにハイハットを細かく刻み始めるなど、パーカッションの要素だけでもストーリーや心情の変化を十分に立ち上らせているのが素晴らしい。特に後者の特徴には、一筋縄ではいかない宇多田の音楽の真髄を見たリスナーも多いのではないだろうか。また、メロディのリズムにおいても坦々たる箇所がほとんどなく、歌い出しから怒涛のアップダウンを見せる。時には急勾配、かと思えば急停止。仮に他者が乗りこなすとなれば相当なスキルが要求されるであろう高度な曲なわけだが、宇多田はやはり絶妙な間合いと遊び心でもって、優雅にボーカルをくねらせていく。「Time」のようにド派手な装飾を取り払ったトラックだからこそ味わえる妙とも言えそうだが、このあたりの骨のある技術にはあらためて惚れ惚れせざるを得ない。

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