宇多田ヒカル、繊細なリズム感覚と『初恋』以降のモード ドラマ『美食探偵 明智五郎』主題歌「Time」から紐解く

宇多田ヒカル『美食探偵』主題歌を分析

 宇多田ヒカルが新曲「Time」のリリースを発表した。現在、2020年5月8日の配信開始に先駆け、YouTubeでワンコーラスのみ視聴することができる。同曲は日本テレビ系日曜ドラマ『美食探偵 明智五郎』の主題歌であり、2019年1月リリースの「Face My Fears」以来となる新曲だ。YouTubeで公開されたオフィシャルオーディオの概要欄によると作詞作曲は宇多田、プロデュースには宇多田に加えて小袋成彬もクレジットされている。

宇多田ヒカル 『Time』Official Audio(Short Version)

 「Time」はきつめのオートチューンのかかったハミングとエレピから始まる。活動初期の和製R&B路線を彷彿とさせるリードシンセに導かれて登場するビートはやや変則的で、4拍目のバックビートを少しずらしたり、ハイハットやシェイカーなどのパーカッションを点で配置して独特のニュアンスを出している。リズムやメインのコードを奏でるシンセのサウンドは意外なほどそっけなく、シンプルだ。あまり味付けをしすぎずに、シンセの味をぽんと出したような潔さだと思う。

 そもそもこの曲、音数自体ごく少ない。一聴すると、デモを少しブラッシュアップしたかのような、すごく控えめで素直なアレンジに感じられる。そのぶん、ビートの細部や、バッキングを含めた宇多田のボーカルのニュアンスに注意が向く。

 たとえば、スネアが16分音符ひとつぶん後ろにずれることで、ビート全体にぐっとタメが生まれ、すこし粘っこさが生まれる。そうしたリズムと絡み合う宇多田のボーカルにも、少し粘ったようなうねりが感じられる。とはいえ、ビートはスクエアな打ち込みであるのに対して、ボーカルがつくりだすリズムは自在に伸縮する。ビートが細かな点を鋭く打っていくのに対して、ボーカルは濃淡を変えながら描かれる線のようだ。

 2016年に音楽活動を再開してからの宇多田については、コンポーズされたリズムと、そこからさらりと逸脱してしまう身体性が、他のミュージシャンとのコラボレーションを通じて先鋭化されていたように思う。拙著『リズムから考えるJ-POP史』(2019年、blueprint)では、一章分をほぼ『初恋』(2018年)の検討と評価にあてたが、それはまさにこの宇多田のリズム感覚の鋭敏さ(と、その音源への反映)の結晶化として『初恋』を考えようとしてのことだった。

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