The Weeknd、Childish Gambinoが示したポップミュージックのさらなる高み 原点回帰でたどり着いた“新境地”

“踊らされながら生き急ぐ人々”を揶揄するChildish Gambino

Childish Gambino『3.15.20』

 周到にプロモーションが組まれた『After Hours』と異なり、Childish Gambinoの『3.15.20』は、リリース1週間前に特設サイト上で何の前触れもなく登場した。音源としてリリースされた同作は今でも情報を徹底的に排しており、サイトがオープンされた日付を示すアルバムタイトル、真っ白なアートワーク、2曲を除いて再生開始時間のみが記載されたトラックリストと、その方針は初公開時から一環している。2018年にリリースされた「Feels Like Summer」についても、本作では「42.26」と名前を変えて収録されるという徹底ぶりだ。

Childish Gambino - Feels Like Summer (Official Music Video)

 合間に「This Is America」(2018年)という世界中に衝撃を与え彼の立ち位置そのものを変貌させた楽曲を挟んだとはいえ、『3.15.20』はChildish GambinoにとってThe Weekndと同様に4年ぶりのアルバムとなる。前作の『Awaken, My Love!』はPファンクをも彷彿とさせる濃密なソウル・ファンクアルバムとして絶賛を浴びたが、今作ではベースこそファンクでありながらもサウンドの方向性を一気に変えている。

 『3.15.20』を象徴するトラックの一つが、冷徹で暴力的なインダストリアル・ファンク「Algorhythm」だろう。Nine Inch Nailsを彷彿とさせるソリッドで機械的な音色と、まるでロボットのMCがリスナーを煽るような構成が絶大なインパクトを誇るこの曲は、インターネットに毒され、機械に踊らされる我々を痛烈に皮肉ったダンスナンバーだ。続く「Time」でも、〈Running after something/But I don't know what(何かから逃げ続けている/それが何かも分からずに)〉と綴られ、本作が描こうとしているのが、現代社会の中で生き急ぐ我々の姿であることが分かる。

Childish Gambino - Algorhythm (Audio)
Childish Gambino - Time (Audio)

 インダストリアル・ファンクと並んで本作の楽曲傾向で見られるのが、「24.19」や「39.28」、そして「0.00」でも登場しているゴスペルの導入である。ただ取り入れるだけではなく、こちらも電子的な加工が施されているのが特徴的だ。同様の取り組みを行うアーティストとしては昨年『Jesus Is King』をリリースしたKanye Westが上げられるだろうが、本作を締めくくる「53.49」において、彼はスピリットを上げる存在としてKanyeの名前を引き合いに出しており、明確に影響を受けていることが分かる。

Childish Gambino「24.19」
Childish Gambino「39.28」

 さて、タイトルを与えられた「Algothythm」と「Time」、そして他の楽曲の分数表記が示す本作の意味とは何だろうか? 一見すると生活をコンピューターに支配され、決まった流れの中で時間だけを気にして生きている人々を揶揄しているようにも思える。しかし、『3.15.20』はただ単に攻撃的で皮肉に溢れた作品ではない。作品の中でもう一つ繰り返されるテーマは、“肯定”である。徹底して大切な人物への愛と感謝を歌い上げる「24.19」や、黒人であることの呪いを描きつつ、同時にその美しさを讃える「19.10」など、本作では機械や暴力に支配された世界で、それでも祈りを捧げる人々や愛に生きる人々の姿を肯定する。ゴスペルを取り入れた背景も、恐らくここにあるだろう。「This Is America」で大きな問題提起を起こした彼が辿り着いた、新たな境地である本作は次の言葉で締めくくられる。〈Do what you wanna do(やりたいことをやれ)〉(「53.49」)。

Childish Gambino - 53.49 (Audio)

一つのジャンルをやり切ったアーティストが提示する、新たなサウンド

 電子音楽とオルタナティブR&Bの融合を探求するThe Weekndに、インダストリアル・ファンクを打ち鳴らすChildish Gambinoと、この短い期間で2作続けて過去の作風から脱却し突き抜けたポップミュージックアルバムを聴くことができたのは実に興味深い。両者に共通するのは前述した通り「あるジャンルにおいて、すでに一つの高みに到達している」という点であろう。このまま同じ路線を貫いても、過去の再生産にしかならない。ならば自身のルーツを踏まえた上で、現行のメインストリームとは異なる新たなサウンドに挑戦したい。そのような意図を強く感じる。

 とはいえ、同じような状況にあるのは彼らだけではない。彼らの前作がリリースされ、大豊作の年と呼ばれた2016年にはBeyoncéやFrank OceanにRihanna、Radioheadといったトップアーティストも同じようにキャリアの最高到達点を迎えている。あれから4年が経ち、ついにその次の世界が見えてきたというわけだ。もちろん2016年に限定する理由はないが、ここ数年は“トラップ以降のビート解釈”や“サブベースを活かした音空間”といった、ポップミュージックのサウンド面での変化が成熟を迎えた時期でもある。2020年はおそらく、The WeekndやChildish Gambinoのように新たなサウンドを提示するアーティストが増えるのではないだろうか。大変な状況を迎えている2020年だが、ベッドルームからでも創り出せる音楽の進化は、決して止まることはない。

■ノイ村
92年生まれ。普段は一般企業に務めつつ、主に海外のポップ/ダンスミュージックについてnoteやSNSで発信中。
シーン全体を俯瞰する視点などが評価され、2019年よりライターとしての活動を開始
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Twitter : @neu_mura

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