『shadowgraph』インタビュー
MYTH & ROIDが語る、「shadowgraph」に取り入れた理論 「7年周期で音楽が変わる」
『オーバーロード』シリーズや『Re:ゼロから始める異世界生活』、『幼女戦記』など、数々のTVアニメ作品のテーマ曲を担当してきた、Tom-H@ckとKIHOWによる音楽プロジェクト、MYTH & ROID。彼らが通算8枚目となる最新シングル『shadowgraph』を完成させた。表題曲は、TVアニメ『ブギーポップは笑わない』(AT-X、TOKYO MX、テレビ愛知、KBS京都、サンテレビ、BS11)のオープニングテーマ。同時にカップリング曲として劇場版『幼女戦記』の主題歌「Remembrance」も収められ、2曲ともにヘヴィでアグレッシブなギターサウンドだけには頼らない、今のMYTH & ROIDならではの豊かな表現力を伝える楽曲になっている。新作の制作風景と、彼らが目指す音楽について聞いた。(杉山仁)
ギターはいらないと思ったんですよ。クビです(笑)。
――「shadowgraph」はリリース前の段階でも、140万回以上再生されていますね。おそらくこれは、MYTH & ROIDの楽曲ではこれまでで最速ペースですか?
KIHOW:そうなんですよ。
Tom-H@ck:これは今回、動画を観てくれる人たちが公式のところに集まって来てくれている、というのもひとつの理由としてあるみたいで。ただ、なぜそうなっているのかは分からないんですよ。最近僕らの楽曲で海外で2000万回以上再生されていたような(オフィシャルではない)動画が消えていたりするので、それで公式の方に流れてきてくれているのかな、というのが現状での僕の分析で――。もちろん、曲を色々な方が気に入ってくれたからこそ、というところが大きいんだとは思いますけどね。
――MYTH & ROIDの場合、海外からの人気も実感していそうです。
KIHOW:MVのコメントも海外の方のものがとても多いですね。英語圏もそうですし、その他の地域も多いです。
Tom-H@ck:今ちょうど、アニメ業界も音楽業界全体も、日本を通り越して外に行かなければいけない時期に来ていると思っていて。そもそもアニメは、昔から海外展開に価値を見出すための道が出来ている分野だとも思うので、MYTH & ROIDは現代的な形でそこに乗ることができたのかな、と思っています。海外でライブをしていても、ビックリするぐらい認知度があって、「海外の人たちの方が僕らのことを知ってくれているんじゃないか?」と思うくらいなんですよ。そういう、「僕たちが知りえないところでMYTH & ROIDの曲を聴いてくれる人が増えている」ということと、日本で活動していて、実体験として感じられる反響の両方が、今すごい速度でガーッと来ているような気がしています。
――今回の「shadowgraph」は1998年に刊行がはじまった人気ライトノベル作品を原作にしたTVアニメ『ブギーポップは笑わない』のOPテーマになっていますが、みなさんはこれまでにこのシリーズに触れたことはあったんでしょうか?
KIHOW:私は今回のお話をいただいて初めて触れました。
Tom-H@ck:僕の場合、世代的には知っておかないといけない世代だとは思うんですけど、実は僕も今回が初めてでした。
――実際に触れてみて、どんな魅力を感じましたか? 『ブギーポップは笑わない』は、98年当時の社会が抱えていた漠然とした不安のようなものも反映された作品でした。
Tom-H@ck:そうですよね。描こうと思ってもなかなか描けるようなタイプの作品ではないな、と思いました。シュールであるとか、ニヒルであるとか、色々な表現の仕方があると思いますけど、そういう作品が日本でも海外でも人気だというのはすごいことで。その後のライトノベルに大きな影響を与えた作品としても知られているみたいですけど、僕たちにとっては逆にとても新鮮でした。独特の世界観を持った、不思議な作品ですよね。
――徐々に作品の世界観が明らかになっていく構成も独特ですし――。
Tom-H@ck:セリフのひとつひとつも不思議な魅力を持っていて。
KIHOW:魅力を言葉にするのがとても難しい作品ですよね。自分たちの「shadowgraph」にしても、音だからこそ表現できたのかな、と思います。
Tom-H@ck:『ブギーポップは笑わない』は、「形あるもの自体が、本当に形あるものなのか」というような、哲学的な問いかけがある作品で、(取材用の紙資料を指して)「ここにある紙は本当に紙なのか?」、そもそも「物体としてあるものは、ないものなんじゃないか」というようなことを、「shadowgraph」の歌詞でも言っていて。つまり、曲の中でも、「これが答えだよ」ということは一切言っていない、むしろ「よく分からない」と言っている楽曲になっているんです。その「よく分からない」を芸術作品に落とし込んで、アニメのOPテーマとして映えると同時に、僕たちの曲としても訴えかけるような曲に仕上げていきました。
――前回のシングル曲「VORACITY」ともかなり異なる雰囲気になっていますよね。
Tom-H@ck:特にボーカルとかも、ね?
KIHOW;そうですね。まったく違う方法で歌っていきました。
――では、具体的にはどんな風に「shadowgraph」を制作していったのか、色々と思い返してもらえますか?
Tom-H@ck:よく言っていることではあるんですけど、原作がある場合、僕はその文字情報からこぼれていくものがあって、それを表現するのが仕事だと思っているんです。原作を読んで自分の頭の中で映像化するとき、その瞬間に見えているものは文字だけではないとても有機的なものなので、その「匂い」や「雰囲気」のようなものを、僕たちの方で補ってあげる、という感覚で曲を作っていて。それは今回の「shadowgraph」もそうで、作品の魅力である「よく分からないもの」を表現しつつ、それとは相反する大衆性も意識して、曲の方向性、つまりメロディや雰囲気や、ボーカルの声質を考えました。
――ひとつポイントとして、今回はギターを使っていないんですよね。
Tom-H@ck:そうですね。ギターはいらないと思ったんですよ。クビです(笑)。
KIHOW:自分で言ってる(笑)。
Tom-H@ck:KIHOWの歌が入ると、余計なものがいらなくなるんですよ。ギターはそもそも音域を埋める効果がある楽器だと思うんですけど、曲を構築していって、「じゃあここにギターを入れようか」となった時点で、もうギターがなくても曲が完成していたんですよね。それが一番の理由です。自分でも不思議なんですけど、ボーカルに引きずられて、最近は「ギターはいらないな」と思うことが増えてきたというか。たとえば「VORACITY」にしても、ギターを入れてはいましたけど、いわゆるギターっぽい音としては使っていなかったんですよ。その前の「HYDRA」は海外向けにJ-POPを意識した楽曲でしたけど、「VORACITY」と「shadowgraph」は海外らしさを取り入れた曲で、KIHOWの声で海外っぽい楽曲を仕上げると、なぜかギターがいらなくなるという現象が起きている……。
――なるほど。KIHOWさんの声との兼ね合いが大きな理由だった、と。KIHOWさんは、今回の楽曲を最初に聴いたときはどうでしたか?
KIHOW:MYTH & ROIDの場合、最初にもらうデモの段階では、みなさんが聴いている完成形のようなアレンジは一切されていないんですよ。自分自身、レコーディング中のディレクションがあって、「何でだろう?」と思っていたことが、後になって「そういうことか」と分かることも多くて。今回の曲も、初めに上がってきた段階では、単純に(激しいサウンドが印象的だった)前回の「VORACITY」よりは、「HYDRA」に近いタイプの曲調になるのかな、と思っていました。もちろん、「HYDRA」と同じではないと思うんですけど。
――MYTH & ROIDのラウドでヘヴィなタイプの楽曲とは違うという意味では共通しているものの、「HYDRA」が静けさと激しさの対比が印象的な曲だったのに対して、今回の「shadowgraph」はよりじわじわとダークさが感じられるような楽曲だという印象です。
KIHOW:そうですね。静かに、でも気持ちを入れていく楽曲で。歌うときって「感情をぶつける」のが楽しいことのひとつなんですけど、今回の「shadowgraph」は、我慢しなければいけない曲なんだなと思いました。そうして作りあげていく楽曲なんだな、と。それを楽しむようなレコーディングでした。感情がないわけではないですけど、「感情をあまり出さない」というタイプの感情を強く出す、という感覚で。「自分の中にこういう人間がいる」ということを想定して歌っていくような感覚だったかな、と思いますね。何か特定の登場人物の気持ちに寄り添ったわけではなくて、私の中にもうひとりの人間がいるような感覚で歌っていきました。
――Tom-H@ckさんからはボーカルに関して何かディレクションがあったんですか?
Tom-H@ck:最近は何も言わなくてもいい形で落とし込んでくれるので、僕からはあまり言わなくなりました。求めていることを言わなくても分かってくれる感覚があって。
KIHOW:確かに、今回のレコーディングでは、「こういう風にしてほしい」ということをあまり言われなかったと思います。それもあって、レコーディングはスムーズに進みました。最初に話したように、今回の「shadowgraph」は「言葉にしにくい楽曲」で、それが逆に「歌だと表現しやすかった」のかもしれないです。真っ暗で希望すら見えない中で「ずっと何かを探している」という人の不安や迷いを表現するために、自分の気持ちをそういうところに持って行って歌っていきました。