星野源『POP VIRUS』はさらに多くの人々へと拡散していく 『紅白』披露の「アイデア」を観て

星野源『紅白』パフォーマンスを観て

 2018年12月31日、星野源が『第69回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)に出演し、最新アルバム『POP VIRUS』の収録曲「アイデア」などを披露した。

 同日付のオリコンチャートによると、12月19日にリリースされたばかりの最新アルバム『POP VIRUS』は、前作『YELLOW DANCER』の2倍以上を売り上げて週間アルバムチャートの1位を獲得。2018年の男女含めたソロアーティストのアルバムの初週売上でも最高記録となるなど、最新アルバムが様々なチャート記録を塗り替える中での番組出演となった。

 とはいえ、『POP VIRUS』はそうした記録以上に、内容そのものが素晴らしい作品だ。「恋」のヒットによって自分が信じるポップミュージックがものすごいスピードで世の中に受け入れられる経験をした彼が、かつて様々な人々/カルチャーから受け取った“ポップのウイルス”と同じようなものを「今度は自分が伝搬しよう」という気持ちが感じられるタイトルになっている。そして作品自体も、かつてマイケル・ジャクソンがポピュラリティのある場所で刺激的な冒険を繰り広げたように、名実ともに日本のポップミュージックの中心的存在となった星野源が、過去から最新までを含むあらゆるカルチャーの魅力を詰め込んだ「ポップ博覧会」的な作品になっている。

 冒頭のタイトル曲「Pop Virus」では、ストリングスなどを使った華やかなソウルミュージックに、フューチャーベースなどで使われる譜割りを無視したシンセ音が挿入され、前作からのさらなる進化を伝えてくれる。また、「Get a Feel」ではかつてSAKEROCKの「慰安旅行」で自らが取り入れた16ビートを基調にパーティーディスコ/ディスコファンクを再解釈。また、「肌」では00年代初頭のネオソウルを、「Family Song」では60~70年代のモータウンサウンドをそれぞれJ-POPに昇華し、「Dead Leaf」では山下達郎がドゥワップ風の多重コーラスを追加。一方で、終盤の「サピエンス」では、Snail’s Houseをシンセベースプレイヤーとして迎え、ドラムンベースを現代風に再解釈している。ちなみに、このSnail’s Houseは21歳という若さながら海外のクラブミュージックの最先端でプロデューサーとして高い人気を得ると同時に、昨今日本で盛り上がりを見せるバーチャルYouTuberの一組、バーチャルガールズユニット・KMNZ(ケモノズ)のデビュー曲「VR」の楽曲制作なども担当する人物。彼のプレイヤーとしての参加にも顕著な通り、『POP VIRUS』は、『YELLOW DANCER』を起点にはじまった日本独自のソウルミュージック路線に最新要素を追加して、ポップの「普遍性」と「実験性」とを同時に手繰り寄せるような雰囲気の作品となっており、星野源のプロデュース能力が高く発揮されている。

 また、全編を通して重要なポイントに思えるのは、ビート/リズムが前作と比べて格段に多彩になっていること。久々のライブとなった12月の『LIVE in JAPAN 2018 星野源 × MARK RONSON』でも、彼はMCで「自分の好きなように踊ってね。その“バラバラ”がいいんだよ」という趣旨の発言をしていたが、曲ごとに形を変える多彩なビートには、様々な人々の歩みを想像させる群像劇のような魅力が宿っていて、その結果、あらゆる年代のソウルミュージック、フューチャーベースやヒップホップ、エキゾミュージックからの影響色濃いマリンバの音色などが混ざり合って生まれたこの作品の最先端のポップミュージックが、決してお高くとまったものになることなく、むしろ日本の下町の商店街の風景のような、市井の人々の活気溢れる日々を連想させる賑やかなものへと変わっていく。

 その象徴と言えるのが、NHK連続テレビ小説『半分、青い。』の主題歌となった先行曲のひとつ、「アイデア」だ。この曲は『YELLOW DANCER』以降のソウルミュージック路線を基調にしつつも、アニソンの構成を思わせる情報過多で華やかな序盤を経て、2番ではぐっと音数を減らした空間に、2016年のクラブアンセム「夜を使いはたして feat. PUNPEE」などで注目を集めたSTUTSをMPCプレイヤーとして迎え入れ、シンセが揺れるフューチャーベース的な展開へと突入。中盤のブレイクでは、自身もフューチャーベースを楽曲に取り入れている三浦大知がダンスパートの振り付けを担当するなど、最新の要素を大胆に昇華している。そして終盤には一転、自身のルーツを思わせるような弾き語りでしっとりと楽曲の谷を作ると、最後はふたたびソウルミュージックの華やかさを表現したバンドサウンドに帰るという、複雑な構成の楽曲だ。1曲の中で3~4曲が繋がるような、国境も時代も越えた音楽旅行を思わせるサウンドでありながら、同時に頭を空っぽにして踊れるソウル/ダンスミュージックにもなっている。

 そして、アルバムを締めくくる最終曲「Hello Song」では、まだ見ぬ未来に向けて〈ハロー、ハロー〉と語りかける。音楽的に自身の過去と現在をブレンドさせながら、あくまでこれからへと思いを馳せるこの雰囲気が、アルバム全体の雰囲気を何よりも魅力的にしている。

 2018年末の『第69回NHK紅白歌合戦』でのステージは、そうして完成した星野源のポップミュージック=『POP VIRUS』が、あらゆる世代へと広がっていく様子を目の前で観せてもらっているかのような、とても刺激的な体験だった。この日はまず、ソロでのステージの前にお父さん役の高畑充希、長女役の藤井隆、次男役の三浦大知、おげんさんちのねずみ役の宮野真守、そしてバンドメンバーたちと一緒に“おげんさん一家”として「SUN」をパフォーマンス。演奏前には「おげんさんて、白組と紅組、どっちなの?」という問いかけに「どっちなんだろう。おげんさんは男でも女でもないから……。紅白もこれから、性別に関係なく、混合チームでいいと思う」とジェンダーの話題に言及。その後ディスコを大々的に取り入れた「SUN」がはじまる構成は、世代も性別も関係なくミラーボールの下に人々が集ったディスコの黎明期を想像させるもので、彼のポップミュージックがある特定の人にではなく、あらゆる人々に向けられたものだということを改めて教えてくれるようだった。

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