遠藤ミチロウが語る、THE STALINとブラックユーモア「自分がパンクっていうふうには考えてない」

遠藤ミチロウが語る、THE STALINとブラックユーモア「自分がパンクっていうふうには考えてない」

映画『バーストシティ』の公開とメジャデビュー重なった1982年

(写真=西岡浩記)

ーーTHE STALINを聴いて、そこからインディーズを聴いていく人は多かったですよ。田舎の人だと特にレコードはメジャーのものしか買えないじゃないですか。

遠藤:そうですね。あの頃STALINはインディーズで全国ツアーを最初にやったバンドなんです。だから、行く先々でああいうステージをやっていくと、地方の子たちは「パンクのライブはこういうものだ」と思っちゃって、あとから行くバンドに「お前らのせいでエライ目にあった」って文句言われましたよ(笑)。あと、ちょうどSTALINが悪役バンドの役で出た映画『爆裂都市 バーストシティ』が公開されたあとに『STOP JAP』が出てるから、その影響も大きいのかも。

ーー『バーストシティ』の影響は大きいです。『バーストシティ』はどういう経緯で出ることになったんですか?

遠藤:渋谷の屋根裏でライブをやったときに、監督の石井聰亙(現:石井岳龍)さんが杉山シンタロウと知り合いで観にきたんですよ。そのときにやっぱりグチャグチャのライブで、THE STALINを観て石井さんが映画に使おうって思ったんじゃないですかね。

ーー『バーストシティ』の公開、『STOP JAP』の発売があった1982年は、日比谷野音で『五烈』というライブも行われましたよね。

遠藤:そう、その直後にあったんですよね。アナーキー、THE STALIN、ロッカーズ、ARB、BOWWOWで。BOWWOWだけ全然パンクじゃなかったけど。当時、THE STALINは自分のアンプを持ってなかったんですよ。でも、BOWWOWが全部貸してくれたんですよね。いい人たちだった(笑)。『五烈』のときは何やってもいいって言われてたから、豚の頭10個ぐらい用意して行きましたね。でも、出番寸前にダメだって言われて(笑)。やっちゃいけないって言われたんですけど「臓物は投げていいですか?」って聞いたら「臓物はいい」って言われて、臓物だけ投げたんですよ(笑)。

ーーやっちまえ! みたいな感じじゃないんですね(笑)。

遠藤:だってあれ、内田裕也さんが主催で、何やってもいいって言ったのも裕也さんで。でもやっちゃダメだって言われたらね(笑)。気持ち的には「何やってもいいって言ってたじゃないか!」って思ってたんですけど(笑)。でも臓物投げたおかげで野音出入り禁止で(笑)。

ーー出入り禁止っていうのはハードコアも多かったんですけど、最初にやられ出したのがTHE STALINですよね。

遠藤:そうですね。でも全部、屋根裏にしてもロフトにしてもほかのところにしても、THE STALINがめちゃくちゃなわけじゃないんですよ。お客さんが会場近辺や会場の中でもグッチャグチャにやるからダメだっていう感じだったんですよ。

ーー『バーストシティ』の公開と『STOP JAP』でのメジャーデビューが同時期に重なって色んなことが起きたんですね。

遠藤:メジャーデビューしてからは無理なことがやれなくなったんですよね。会場問題とか、どこもやらせてくれなくなるっていうんで。

ーーいつ頃からやらなくなりましたか?

遠藤:『五烈』のあとじゃないですかね。そのあとは臓物投げたりしてないですよ。

ーー『五烈』で最後っていうことは、貴重なライブだったんですね。

遠藤:わかんない。地方ではやってたかも(笑)。

(写真=西岡浩記)

ーーミチロウさんはやってることがずっとパンクですよね?

遠藤:わかんないですね。自分がパンクっていうふうには考えてないですけどね。

ーーでもソロの歌詞にしても、様々な行動にしても、アンチテーゼなところが大きいと思うんですよ。

遠藤:あんまりそういうのは意識してないですけど。

ーーパンクっていう意識はないんですね。

遠藤:ないです。パンクだからアンチテーゼっていうのも変なとらえ方じゃないですか。

ーーTHE STALINの頃もなかったんですか?

遠藤:THE STALINの頃はありましたよ、パンクだっていうのは。あれはパンクやろうって思ってやってたんで。

ーーそういう意識がなくなったのはいつぐらいからですか?

遠藤:THEのつくSTALINをやめてからですね。

ーーTHE STALINの解散の理由っていうのはなんですか? これまであまり語られることがなかったと思うので聞いてみたいのですが。

遠藤:まぁ色々あるじゃないですか。だいたいバンドがダメになるときって色んな問題がありますよ。たぶんパンクっていうふうにこだわっちゃうと、ある意味ではだんだん狭いイメージになっていくじゃないですか。それで逆に、そういうのを全部とっ払いたいなっていう。だからあえて、ソロになってヒップホップ的なリズムでやっちゃってみたり。

ーー個人的にはバンド活動が嫌になってソロを始めたのかと思っていました。

遠藤:そこまでじゃないですね。だからすぐバンドもつくったりしてるじゃないですか。でも実は、本当にバンドが嫌になってソロをやり出したのは1992年のアコースティックをやり出してから。あれはバンドが嫌になって1人で歌い出したんですよ。

ーーTHE STALINが結成20周年で一度だけ復活した2001年の渋谷ON AIR EASTのライブでTHE STALINが終わったあとに、アコースティックでミチロウさん1人でステージに立ったのはなぜですか?

遠藤:「天国の扉」でしょ? あの日のライブは、自分の中で杉山シンタロウの追悼だったんですよ。だからTHE STALINをやって、最後あの歌でシンタロウに追悼を歌ったっていうことなんですけどね、実は。あれでもうSTALINはやらないって決めてたんですけどね。あのとき「還暦になるまでSTALINはやらないから」って言ってて、2010年に還暦になったら「還暦になったからやるんだろ?」ってケイゴに言われて、またやったんですよ(笑)。あのとき還暦までとは言ったけど、それは「もうやらない」って意味だったのに(笑)。

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