遠藤ミチロウが語る、THE STALINとブラックユーモア「自分がパンクっていうふうには考えてない」
THE STALINはブラックユーモアがバンドのコンセプトだった
ーーTHE STALINは、海外でも注目された日本のパンクバンドで、アメリカの『MAXIMUM ROCKNROLL』のオムニバスに参加しましたよね。
遠藤:マキシマムロックンロールに出した「Chicken Farm Chicken」は、『虫』に入れなかった曲なんですよ。
ーーそうなんですか! あの曲、 THE WILLARDのJUNさんのギターがすごくかっこいいじゃないですか。
遠藤:「Chicken Farm Chicken」は、TAMのギターにJUNが被せてるんですよ。根っこのギターはたぶんTAMだと思います。あの曲を出したあとに、結構色々なところから手紙がきましたよ。海外からもありましたね。1984年だと思います。
ーー海外からのTHE STALINへの評価ってどうだったんですか?
遠藤:当時、ベルリンの壁がなくなって一週間後に、友達と2人でベルリンとかポーランドへ行ったんです。ポーランドに行ったときに、次の年の野外フェスに出るっていう話をして、次の年にSTALINで東欧ツアーということで再びポーランドに行ったんですよ。
ーーポーランドではどうでしたか?
遠藤:「お前ら最高の名前つけたな!」ってすごく喜ばれましたよ。その皮肉がわかるんですよね。むこうはブラックユーモアをよくわかってくれるんです。盛り上がりましたね。ソ連のヨシフ・スターリンを大嫌いな国の連中が、拳を振り上げて「STALIN! STALIN!」ってコールするんですから素晴らしいですよ(笑)。
ーーアルバム『GO GO スターリン』に入っている「カタログZ」は、共産党を揶揄してる歌なんですか?
遠藤:あれはメンバーの杉山シンタロウの歌を作ろうと思って。シンタロウの親が学校の先生で共産党員だったんですよ、それじゃあってまたパロディというかそんな感じで。だから曲もシンタロウが作って、彼のベースで始まるんです(笑)。
ーー「メシ喰わせろ!」にしても何にしても、おちゃめというかパロディでふざけてるというか、バンドのスタイルは常にそんな感じだったんですか?
遠藤:THE STALINって名前をつけること自体が一つのパロディじゃないけど、ブラックユーモアというかそういうことなんですよ。基本的にSTALINって、実はブラックユーモアがバンドのコンセプトなんですよね。歌詞も全部そういう感じなんですよ。怒りというよりも、パロディをすることで批評的な内容が入ってくるじゃないですか。受け手が勝手に勘違いしてくれるのも楽しんじゃうみたいなところもあります。メジャーデビューアルバム『STOP JAP』を出したときに歌詞を直させられたので、「『虫』では別に意味が通じなくてもいいや」みたいな感じで直しようのない歌詞にしたんです。あの頃は「アルバム出すごとに変わっていかなきゃ」っていうのがあったんで、意識して変えてましたね。『虫』が一番ハードコアなアルバムですよね。
ーー『STOP JAP』もそうだと思いますけどね。
遠藤:いや、あれはまだハードコアって感じじゃないですよ。ハードコアって意識して作ったのは『虫』からですよね。とは言え、その後にも『虫』だけですけどね。次の『FISH INN』なんてガラッと変わる。
ーー『GO GO スターリン』もハードじゃないですか。
遠藤:ああ『GO GO スターリン』もそうですね。『FISH INN』は、ある意味ポジパンなんですよね。あの頃ポジパンとは言わなかったけど。
ーーMIRRORSのヒゴヒロシさんもTHE STALINで活動していた時期がありました。彼らが東京ロッカーズ(Friction、LIZARD、MIRRORS、Mr.Kite、S-KENらを中心にしたパンク/ニューウェーブ系のバンドによるシリーズライブ)で活躍していた頃から交流があったんですか?
遠藤:そんなに交流はないですよ。何でヒゴさんを連れてきたのか、関わりが自分でも思い出せないです(笑)。
ーー東京ロッカーズの頃から現在まで現役で活動していた、THE FOOLSの伊藤耕さんがこの前亡くなりましたが、耕さんとはどのような付き合いを?
遠藤:たぶんまだTHE FOOLSじゃない頃のSYZEかSEXでどこかで一緒にやってる感じですね。FOOLSになってからもイベントで一緒になったぐらいで、そんなに交流はなかったです。東京ロッカーズの中では、LIZARDは何回か一緒にやってたんですけど、THE STALINをやり始める前から東京ロッカーズはやってるじゃないですか。同期ではないですけど、僕が同期と感じたのはやっぱりじゃがたらですよ。THE STALINとじゃがたらとはよく一緒にやってたんで。じゃがたらってスキャンダラスなステージですごいじゃないですか。これに負けちゃいけないっていうんで、THE STALINもめちゃくちゃになっていったんですよね。THE STALINがああいう過激なステージになっていったのもじゃがたらの影響ですよ。じゃがたらの影響は大きいですね。
ーーその頃だと思いますが、町田町蔵さんがINUでメジャーデビューしましたよね。
遠藤:バラシをやっていたあたりの頃、京都・大阪ツアーをやったときに初めてINUのライブを観たんですよ。そのときに「かっこいいなぁ〜」と思ってギター弾くのをやめて、自閉体を作ったんです。ボーカルだけのスタイルになったのは、INUの影響はありますよね。
ーーTHE STALINが「メシ喰わせろ!」と歌っていたのは、INUの「メシ喰うな!」へのアンチテーゼなのかと思ってました。
遠藤:「パロディやっちゃおうぜ」みたいに楽しんでましたね。なんせ一番最初に「メシ喰わせろ!」を歌ったときは、犬の首輪して裸で四つん這いになって這い回って、犬みたいな仕草しながら歌ってましたから。