『フリースタイルダンジョン』はなぜ人気? “スポ根的エンターテインメント”でシーン底上げとなるか
2015年9月の番組開始以来、深夜放送にも関わらず、じわじわと人気を集めている『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日系)。これはアマチュアの挑戦者が登場し、フリースタイルのラップの腕前をモンスターに扮する5人のプロと競い、賞金を獲得していくバラエティ番組。出演者には、オーガナイザーを務めるZeebraや、ラスボスの般若、漢 a.k.a. GAMI、サイプレス上野などのシーンを牽引するラッパーから、T-PABLOW、R指定などの若手注目ラッパーまでが名を連ねる。一見、コアにも思える同番組が多くの人々を魅了する理由はどこにあるのだろうか。ヒップホップカルチャーに造詣の深い雑誌編集者・中矢俊一郎氏に話を聞いた。
「前段階として、『BAZOOKA!!!』(BSスカパー!)という番組内で2012年より始まった企画『高校生RAP選手権』が人気を博したのは大きかったと思います。無断でアップされたものではありますが、そのYouTube動画がネット上で拡散し、中高生を含む若者たちの間にフリースタイル・バトルという文化が一気に知られるようになりました。そして、第1回・第4回で優勝したT-PABLOWのような新世代のスターを輩出した。もっとも、それ以前も、漢や般若が頭角を現す契機のひとつになったB BOY PARKのMCバトルや、漢がかつて在籍したレーベル・Libra Records主催のUMB(ULTIMATE MC BATTLE)などが行われてきましたが、基本的にそれらはヘッズのためのイベントだったといえるでしょう。しかし、『高校生RAP選手権』はMCバトルを幅広い層が楽しめるエンターテインメントの形に加工して提示しました。『フリースタイルダンジョン』はやはり、その延長線上に位置づけられると思います」
現在のMCバトルの隆盛を象徴する『高校生RAP選手権』と『フリースタイルダンジョン』。それぞれの番組に特徴や違いはあるのだろうか。
「『フリースタイルダンジョン』は地上波の番組ということもあり、制作局であるテレビ朝日のコンプライアンスとして、バトル中の過激なワードを聴こえなくしたりしていますよね。また、タトゥーの映り込みもNGとしているようで、腕にタトゥーがある漢やT-PABLOWは出演時にいつも長袖の服を着ている。あるいは、ANARCHYやD.O、KOHHといった人気ラッパーたちがゲストライブに登場してもよさそうなものですが、首にまでタトゥーが入っている彼らが出演することは難しいと聞いています。そういった意味で、同番組に対して従来の日本語ラップ好きはラップ・ミュージック特有の毒気が損なわれているように感じたのかもしれませんが、『高校生RAP選手権』よりも一般層をさらに意識した番組であるとはいえるでしょう。実際、電車の中で中高生や大学生の男の子たちが『昨日のフリースタイルダンジョン見た? CHICO CARLITOヤバかったよな』みたいな会話をしている場面を何度か目にしたりしましたからね。とにかく、日本ではラップ・ミュージックがなかなか根づかないと言われてきたわけですが、『高校生RAP選手権』や『フリースタイルダンジョン』はMCバトルのスポ根的な部分をフィーチャーし、そこに多くの人が魅了されつつあるのではないでしょうか」
このように分析する同氏は一方で、MCバトルだけが盛り上がることに対し、物足りなさを感じると語る。
「ヒップホップの本場であるアメリカに目を転ずると、かつてはエミネムの『8 Mile』などがありましたが、今は別にMCバトルが盛り上がってはおらず、最前線の人気ラッパーたちはそれとは異なる“技法”を追求しています。例えば、数年前はミゴスなどによって編み出された3連のラップが流行り、最近はさらにその発展形である2拍3連のラップをOG・マコやケンドリック・ラマー、ドレイクらが実践していたりしますね。あるいは、ヤング・サグやフェティ・ワップなどのラップと歌の中間のような表現が注目されています。アメリカではこうしたラップの技法の開拓が進んでおり、日本でもKOHHなどはそうした取り組みをしているので、そちらにも目を向けてほしいのですが、『フリースタイルダンジョン』で挑戦者たちが繰り出すラップの技法自体に必ずしも新しさは感じません。もちろん、即興で巧妙にライミングしていくことは評価すべきですが、あくまで従来的なライムとフロウで成り立っているラップのように聴こえてしまいます」