『バティモン5』権力VS移民の分断が行き着く先 圧倒的臨場感で描かれるフランスのリアル

『バティモン5』ラジ・リの卓越した演出力

 パリ郊外に建つ老朽化した巨大団地。そこを俯瞰で捉えた画から、徐々に現場へと近づいていく印象的な空撮で映画は始まる。飛び交うアラビア語。どうやらここに住む移民一家の祖母が亡くなったようだ。エレベーターは故障中で何年も動いていないため、男性たちは急な階段を下りながら棺を運んでいる。まだ昼間なのに薄暗い廊下の照明は危険極まりなく、スマートフォンなどのわずかな光を頼りに、ようやく外の通りで待つ霊柩車へとたどり着く。この悲惨な状況に立ち合いながら亡き老女の娘に当たる女性は、涙ながらにこう呟く。「死んでも安らかに眠れないなんて」「こんなの人が生き死にする所じゃない」――。これがアフリカのマリ共和国にルーツを持つフランス人監督、ラジ・リの長編第2作となる傑作映画『バティモン5 望まれざる者』の舞台となる世界だ。

 2019年、新鋭ラジ・リ監督が発表した劇映画の長編デビュー作――“人気ミュージカルじゃない方”の『レ・ミゼラブル』は、監督が生まれ育った地元でもあるパリ郊外のモンフェルメイユを舞台に、移民の少年・住民たちと犯罪防止班(BAC)の警官の激しい衝突を生々しい臨場感でパワフルに描き出した。かつて米国のスパイク・リー監督が『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989年)に刻んだブルックリンの暴動を凌駕するほどの衝撃を持って迎えられた本作は、第72回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞し、第92回アカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートを果たしている(ちょうどポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』が席巻したのと同じ年のカンヌとアカデミー賞だ)。

 先に“人気ミュージカルじゃない方”と記したが、しかしもともと19世紀に書かれたヴィクトル・ユゴーの原作小説『レ・ミゼラブル』はやはりモンフェルメイユに生きる下層市民の悲劇を綴った物語であり、いま犯罪多発地域と呼ばれる同エリアの剥き出しの現実を映画に焼き付けたラジ・リは、正しく『レ・ミゼラブル』の現代版を作ったのだと言える。

 そして現在のフランス映画の最前線はバンリュー(Banlieue)にある。「排除された者たちの地帯」との語源を持つバンリューは郊外を意味するフランス語で、それは華やかな都市社会としてのパリ――古き良きフランスの定番的なイメージを覆すものだ。パリ郊外の荒れた地域では、戦後から1960年代辺りまで大量に建設された公営団地に低所得層の移民労働者たちがたくさん暮らしている。

 彼らを中心としたフランス社会の新しいリアルを描き出すバンリュー映画の嚆矢となったのは、ジャン=クロード・ブリソー監督の『かごの中の子供たち』(1988年)や、マチュー・カソヴィッツ監督の『憎しみ』(1995年)辺り。近年ではセリーヌ・シアマ監督の『ガールフッド』(2014年)やジャック・オディアール監督の『ディーパンの闘い』(2015年)、ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイユ監督の『GAGARINE/ガガーリン』(2020年)など多数の成果があり、アヌシー国際アニメーション映画祭で最高賞を受賞した話題のアニメーション映画『リンダはチキンがたべたい!』(2023年/監督:キアラ・マルタ&セバスチャン・ローデンバック)も愉快なコメディタッチで紡ぎ出されたバンリュー映画だった。

 この系譜も多様な作風にまで拡張・成熟を遂げているようだが、その中でラジ・リは最もラディカルに状況の闇を抉り出すバンリュー映画作家の急先鋒とでも呼べるだろうか。彼が2022年に製作・脚本を手掛けたNetflix映画『アテナ』(監督:ロマン・ガウラス)や本作『バティモン5 望まれざる者』は、2023年6月から起こった「ナヘル・メルズーク暴動」(パリ郊外のナンテールで、モロッコとアルジェリアの血を引く17歳の少年ナヘル・メルズークが、警官に射殺された事件をきっかけに起こった一連の抗議活動)との関連や類似もよく指摘された。

 『バティモン5 望まれざる者』の物語は『レ・ミゼラブル』とは直接的には関係ないが、明らかに4年前の前作からのバトンを自ら引き継いだもの。製作チームもほぼ同じで、本質的な意味での“続編的”な新作であり、同様の主題や問題をさらに研ぎ澄ませた形で描くことが目的だったように思える。

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