『バティモン5』権力VS移民の分断が行き着く先 圧倒的臨場感で描かれるフランスのリアル
タイトルの「バティモン5」とは、再開発計画に揺れるパリ郊外の団地の一画を指す“10階建てのスラム”の通称。映画の冒頭からまもなく、取り壊しの決まった団地の爆破スイッチを押した市長がそのまま急死するアクシデントが起こる。
そこで急遽、臨時市長に任命されたのが小児科医の裕福な白人男性ピエール(アレクシス・マネンティ)だ。彼は3年前から市議会の一員を務めてはいるが、貧しい地域住民との繋がりは極めて薄い。それでも「政治家には珍しくクリーンだから」といった理由で党からの推薦を受けたのだが、彼の妻ナタリー(オレリア・プティ)は荒廃した地域の統率を任されることのリスクを心配し、叩き上げでアフリカ系移民の副市長ロジェ(スティーヴ・ティアンチュー)は「頭でっかちで政治素人」のピエールにトップの座を奪われたことが内心気に入らない。
そんな暫定の新市長と対立していくのが、冒頭で亡くなった老女の孫娘であり、聡明なマリ系フランス人の若い女性アビー・ケイタ(アンタ・ディアウ)である。バティモン5の住人である彼女は市役所の資料室で研修しながら、移民たちのケアスタッフとして働き、居住支援団体の会長を務めている。行政の怠慢や理不尽な対応に憤りながらも、「怒りでは何も解決しない」と自ら行動を起こすことを課し、地域住民からの人望も厚く、高潔な理想に燃えるアクティビストだ。
この映画は新市長ピエールと、活動家アビーの物語を並行して横断的に描いていく。病院での診察と市長職を兼任することにしたピエールもおそらく当初は彼なりに、地域復興や治安改善の理想に燃えていたのだろう。ところが権力をつかんだ彼は瞬く間にゴリゴリの強硬派となり、未成年者の夜間外出禁止令など、住民の理解を一切無視した厳しい政策を強引に通していくようになる。
ある市民から「棚ぼた市長」と揶揄されたりもするピエールは、別に選挙で選ばれたわけではない代理のリーダーだ。そこでアビーは次の市長選に立候補することを決める。こうして徐々に敵対関係が明確な輪郭を持っていくピエール/アビーの両陣営に、物語のキーパーソンとなる人物たちが群像模様として絡む。例えばシリアから来たばかりの移民であり、市役所の住民課でアビーと一緒に働くことになる若い女性タニア(ジュディ・アル・ラシ)とその父親。またアビーの親友でありながら、彼女とは対照的に「怒り」を暴発させていく青年ブラズ(アリストート・ルインドゥラ)は、物語のクライマックスに向かって重要な役割を担うことになるだろう(アビーは行政側への「怒り」を燃やすブラズに共鳴しつつも、市民デモなどの政治活動を冷ややかに見る彼に対して「安っぽいマルコムXね!」と吐き捨てるシーンがある)。
この限界まで圧力を高めていくような緊張感の醸成において、ラジ・リ監督はとりわけ卓越した演出力を発揮する。サスペンスやスリラーの推進力のエネルギーを、政治的な抗争のリアリティと高度に融合・接続させるのだ。やがて団地の一室で起こった火災事件をきっかけに、新市長ピエールの命令による団地住民たちの突然の強制撤去から始まる強烈なカタストロフィへとなだれ込んでいく。
まるで圧力鍋の蓋が吹っ飛ぶような勢いで、バティモン5周りが権力vs移民の分断と対立により爆発的に燃え上がるのは、なんとクリスマスの日だ。ラジ・リは『レ・ミゼラブル』でも組んだ撮影監督のジュリアン・プパール(空間把握が素晴らしい)と共に、戦場と化した団地を硬質のスペクタクルとして捉えていく。同時にドキュメンタルな臨場感が半端ではなく、撮影は2022年12月から2023年2月まで、実際に住民が立ち退きを余儀なくされていた建物で行われたそうだ。容赦ない暴力が構造的に発動される凄まじさと恐ろしさを、本作の映像は余すところなく伝える。そしてコミュニティの無残な崩壊は、当然にも権力側への報復に飛び火していくのだ。
そんな囂々たるカオスの中でも、あくまで己の理念を見失うことのないアビーの顔の力強さが美しい。主役を演じるアンタ・ディアウのパフォーマンスは、本作の生命線だろう。ラジ・リは決して絶望しているわけではない。大切なのは現状を目撃し、分析し、行動し、未来に向けて戦い続けること。彼はもう1本、同じ環境で映画を作り、『レ・ミゼラブル』と『バティモン5 望まれざる者』に続く3部作にする予定だとも語っている。
■公開情報
『バティモン5 望まれざる者』
5月24日(金) 新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
監督・脚本:ラジ・リ
出演:アンタ・ディアウ、アレクシス・マネンティ、アリストート・ルインドゥラ、スティーヴ・ティアンチュー、オレリア・プティ、ジャンヌ・バリバール
配給:STAR CHANNEL MOVIES
後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ
2023年/フランス・ベルギー/シネマスコープ/105分/カラー/仏語・英語・亜語/5.1ch/原題:Bâtiment 5/字幕翻訳:宮坂愛/映倫区分:G
©SRAB FILMS - LYLY FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - PANACHE PRODUCTIONS - LA COMPAGNIE CINÉMATOGRAPHIQUE – 2023
公式サイト:block5-movie.com
公式X(旧Twitter):@STAR_CH_MOVIES