『クリード 過去の逆襲』がとった前作とは真逆のアプローチ 現実と地続きの問題も

『クリード 過去の逆襲』のアプローチ

 世界中にボクシングの魅力を広め、アクションスター、シルヴェスター・スタローンの代名詞にもなった大ヒットボクシング映画『ロッキー』シリーズ。その主人公であるボクサー、ロッキー・バルボアの好敵手アポロ・クリードの息子という設定の“アドニス・クリード”を新たに登場させた、2015年からのスピンオフ作品『クリード』シリーズも、ついに3作目『クリード 過去の逆襲』にして最終章を迎えた。

 シリーズを通して主人公アドニスを演じてきたのは、マイケル・B・ジョーダン(『ブラックパンサー』シリーズ)だ。本作『クリード 過去の逆襲』は、スタローンがかつて自らシリーズ作品を監督するようになったのと同様、主演のジョーダンが初めて監督を兼任する一本としても注目されていた。

 同時に本作には、二つのネガティブな情報があることを留意しておく必要がある。一つは、これまで主人公の指導的な立場で登場していた、シルヴェスター・スタローン演じるロッキーが登場しないこと。これは、スタローンが本作の脚本のダークな部分に対して賛同できなかったという経緯が影響を及ぼしていると見られる。スタローンは、製作に名を連ねていながらも自分の意見を通すことができなかったこと、そして作品を観るつもりもないということを取材で語っている。つまり本作は、シリーズの“魂”であり続けてきたスタローンの意に沿ったものになっていないということだ。

 もう一つは、本作の完成後、アドニスのライバルを演じたジョナサン・メジャースが、ニューヨークで女性に暴力やハラスメントをおこなった容疑で逮捕されるという事件が起こったということ。この件に関して、メジャースの弁護人は事実無根であると訴え、被害を受けたという女性は訴えを取り下げることになったが、他にも彼に被害を受けたという女性が複数名乗り出て協力を申し出ることとなり、事態は混迷を深めている。

 では、そんなさまざまな懸念が出てきてしまった本作『クリード 過去の逆襲』の内容には期待できないのかと思ってしまうが、実際に観てみると、『ロッキー』、『クリード』シリーズを合わせた全ての作品の中でも独自の魅力が存在し、これまでにない感情が揺さぶられる仕上がりになっているのである。ここでは、その理由と、現時点での本作の評価について考えてみたい。

 『クリード』シリーズでは、『ロッキー』シリーズで見られなかったような、ボクシングリングを軽快に動き回るようなカメラワークや編集技術を駆使した試合のシーンが印象的だった。本作では、とくに部分的に時間の流れをゆっくり引き延ばす、アニメーション作品のような演出手法がとられ、実写映像のなかでケレン味と自然さを絶妙なバランスで成り立たせている。とくに『はじめの一歩』アニメシリーズのさまざまな試合のポイントを彷彿とさせるような場面が、クライマックスで何度も見られたというのは、日本のアニメ作品のファンだというマイケル・B・ジョーダン監督ならではと感じられるところだ。

 とはいえ本作は、あくまでアメリカにおける従来の娯楽映画の価値観に軸足を置いていて、分厚い人間ドラマの方により関心があるということも確かである。『はじめの一歩』の物語が、原作である少年漫画が連載のなかで人気を得なければならなかった宿命として、どちらかといえば試合自体の興奮や戦略の方に主題がフォーカスされていたのに対し、本作はあくまで“人生をどのように生きるか”という問題の方に向いているのだ。

 ラオール・ウォルシュ監督の傑作ボクシング映画『鉄腕ジム』(1942年)が、試合をどう勝つかというボクサーの目の前の目的に寄り添うよりも、その過程やライフスタイルをめぐる問題、ボクシング業界などを絡めて複合的に描いていたのは、それがアメリカ映画における一つの基本的なドラマの在り方であり、多くの観客の普遍的な課題と結びつける代表的な手段でもあったからだといえる。

 ただ、筆者が以前「『クリード 炎の宿敵』は新たなチャレンジが少ない旧世代のための映画? シリーズの存在価値を考察」で書いたように、前作『クリード 炎の宿敵』(2018年)は、そのような魅力が希薄になっていたため、本作が見応えのあるドラマを描く映画として軌道を修正したという点は歓迎したいところだ。

『クリード 炎の宿敵』は新たなチャレンジが少ない旧世代のための映画? シリーズの存在価値を考察

落ちぶれたボクサーの再起を描いた、シルヴェスター・スタローン脚本、主演作『ロッキー』から始まった、『ロッキー』シリーズは全6作。…

 スタローンが難色を示したように、『ロッキー』、『クリード』シリーズを通して、これまで描かれてこなかった主人公自身の心の闇を描くという、ダークなストーリーが展開するのが、そんなドラマの最大の見どころとなっている。展開の起点となっているのは、まだアドニスがアポロ・クリードの隠し子であることが明らかになる前の、ロサンゼルスの孤児院にいた幼い子ども時代の出来事。彼は施設の職員から激しい虐待を受け続けるという、つらい日々を送っていた。そして、その頃から親友として一緒に暴力の犠牲になっていたのが、兄貴分のデイムだった。

 クリード家に引き取られた後、アドニスは路上で偶然に自分を虐待していた男と出会い、思わず殴りかかってしまって乱闘となる。助けようとして、そこで所持していた拳銃を構えたデイムだったが、ちょうど悪いタイミングで警察が到着してしまうのだった。まだ10代だったアドニスは迫り来る事態の大きさに怯え、助けようとしてくれたデイムを置いて、一人でその場から逃げ出してしまう。

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