『クリード 過去の逆襲』は“地元の悪いツレの逆襲”!? マイケル・B・ジョーダン監督の功績
その日、アドニス・クリード(マイケル・B・ジョーダン)は現役最後の試合に堂々たる態度で臨んでいた。強敵を前に、果たして引退を花道で飾れるか? 猛攻に耐えるなか、アドニスは冷静に相手の隙を観察する。そして始まる決着のラウンド、アドニスは電光石火の反撃でKO勝利を収めた。世界王者は世界最強のままリングを去る。地位も名誉も伝説も、すべてを手にしたままアドニスの競技人生は終わった……。ところがどっこい、ジムを経営しながら悠々自適の引退生活を送るアドニスのところに、ムショから帰ってきた謎めいた男、デイミアン(ジョナサン・メジャース)がやってくる。デイミアンを見るや、世界戦よりオドオドするアドニス。実はデイミアンはアドニスの忘れたい少年時代を知る唯一の男にして、世界王者になれる腕っぷしの強さを持つ、地元の超ヤバい兄貴分だったのである。誰だって、忘れたい過去はあるもの。それは世界最強のボクサーとて例外ではなかった。アドニスの過去を知るデイミアンの登場で、彼の満ち足りた日常は崩れ始め……。
正直、本作『クリード 過去の逆襲』の邦題は『地元の悪いツレの逆襲』でも良かった。そう思ってしまうほどに、この映画は地元の悪いツレの恐怖を見事に描いている。誰だって封印したい過去や、後悔してもしきれない「やらかし」はあるものだ。まして何もかもが未熟な子どもの頃なんて、「やらかし」の連続である。小中学生の頃を振り返れば、誰だって「あれはやっちゃったなぁ」「あいつに悪いことしちゃったなぁ」と苦い気持ちになる思い出があるはずだ。いわゆる「怖い先輩」や「ヤンチャなツレ」に乗せられて、よろしくない行為をしてしまった人もいるだろう。本作は『ロッキー』サーガ最新作であり、『クリード』シリーズの第3弾であり、ド迫力のボクシングシーンが楽しめるスポーツ映画だ。しかし同時に、この映画は少年時代の「やらかし」との対峙を物凄く丁寧に描いた作品でもある。
主人公は鍛え抜かれた肉体を持つ人外の領域で戦うヘビー級ボクサーたちだが、ここで描かれる感覚は、恐らく少年時代に苦い思い出がある全員が共感できるのではないか。自分の忘れたい「やらかし」を、自分と同じか、むしろ自分以上に知っている人間、すなわち地元の悪いツレが現れたとき……そんな想像するだけで気が重くなる状況を、本作は見事に描いている。マイケル・B・ジョーダンとジョナサン・メジャースの演技合戦は、ある意味でボクシングでの直接対決シーンと並ぶ見事な「勝負」だ。「信頼してはいるけど、警戒もしている」「助けたいけど、できれば再会したくなかった」そんなアイロニーな感情をジョーダンは見事に演じ、一方のメジャースも「恨みがあるけれど、やっぱこいつイイやつだな」「ムチャクチャに復讐してやるけど、ちょっと悪い気もするな」と、常に割り切れない感情と葛藤しているのが伝わって来る。
この微妙なニュアンスを描き切れたのは、本作の監督を主演のジョーダンが務めている影響も大きいだろう(俳優が監督をすると、演技面で面白いことが起きやすい)。最後の最後、死闘の果てに2人が見せる表情は素晴らしい。演技合戦として、本作は十分に見どころがある。なお脇を固める俳優もイイのだが、とりわけクリードの娘を演じたミラ・デイビス・ケントは、素晴らしい新鋭の登場だと心から歓迎したい。今後も活躍に期待だ(追記するとアドニスとデイミアンの少年時代を演じた子役も、あまりにもそっくりなので驚いた)。