『ザ・クラウン』S5は試練の章? 2022年を代表するポップカルチャーの参照作としての価値

『ザ・クラウン』のシーズン5は“試練の章”

 さすがに間が悪かったかもしれない。去る2022年9月にイギリスのエリザベス女王が死去し、世界中が追悼ムードに包まれて間もない中、『ザ・クラウン』のシーズン5はリリースされた。女王自らが“アナス・ホリビリス=恐ろしい年”と評した1992年をはじめ、王室がスキャンダルとゴシップにまみれ、最も権威を失墜させた1990年代が舞台だ。長女アン王女の離婚と再婚、次男アンドルー王子夫妻の別居といった家庭不和が相次ぎ、チャールズ皇太子とダイアナ妃の離婚騒動が連日マスコミを賑わせた時代である(おまけに1992年には女王の住まいであるウィンザー城が火災に遭っている)。存命中の関係者も多いためか、エリザベス女王の治世を描く本シリーズは、脚色や創作をあたかも真実のように思わせる語り口に配信前から批判の声が高まっていた。

 その危うさはエミー賞を席巻したシーズン4からも垣間見ることができる。チャールズとダイアナの世紀のロイヤルウェディングと破綻を中心に描くこのシーズンは当事者でしか知り得ない密室の談義があまりに多く、視聴者に対して下世話な好奇心を煽る部分が少なくない。ショーランナーであるピーター・モーガンの筆致は特にチャールズに対して手厳しく、ダイアナの絶大な人気に嫉妬した彼が当たり散らし、カミラとの不倫に走るさまは演じるジョシュ・オコナーの熱演も手伝って新国王への好感度を下げるには十分だ。またエリザベス女王をはじめ、主要登場人物が老成するにつれて“私(わたくし)と王位”という本作のテーマともいうべき葛藤が薄れ、語られるべき物語がなくなったエリザベス女王役オリヴィア・コールマン、フィリップ殿下役トビアス・メンジーズにまでエミー賞が渡ったのは違和感があった。

 シーズン5では座組が一新され、チャールズ役には本人よりもずっとハンサムなドミニク・ウェストが配役されている。皇太子時代からの熱心な慈善活動が紹介され、カミラとの通話内容がリークされた聞くも恥ずかしい“カミラゲート事件”は「恋するティーンエイジャーのようだ」と評されるなど好意的な部分も見受けられるが、シーズンの大半は泥沼の離婚劇に費やされ、当時を知らない視聴者でもうんざりするような陰鬱さだ。離婚の決まった2人がダイアナの自宅で密会し、やがて口論へと発展する場面は今シーズンで最も忍耐を必要とされる瞬間と言ってもいいだろう。メインキャストの平均年齢はいよいよ上がり、かつてクレア・フォイやヴァネッサ・カービー、マット・スミスらを輩出してきたことを思うと華に乏しい感は否めない。

 もっとも、これはファイナルとなるシーズン6へ向けたセットアップ、登場人物たちにとっての“試練の章”とも言える。今シーズンは1997年の香港返還で幕を閉じる。イギリス社会には王室不要論まで飛び交い、大英帝国とエリザベス朝の斜陽を思わせる時代だが、女王の治世がそれから20年以上も続いたのは御存知の通りだ。次シーズンのメインプロットが1997年8月に起きたダイアナの事故死と王室の反応、それに対する国民の反発を描くことは間違いなく、これはモーガンの出世作『クィーン』の再演になるだろう。この映画では国家に奉仕するため私を捨て、感情を表に出すことを抑えてきた女王が、ダイアナの死に際してその在り方を国民に批判されてしまう。当時、地滑り的大勝利によって首相に選ばれたブレアのサポートによって女王はダイアナ追悼の意志を表明し、過ちを正すこととなる。老境に入って自身を見つめ直すこととなった女王はその後、長い年月をかけて王室への支持を取り戻していったのだ。再演に足る現代性を持った事件を通じて、モーガンは女王が死去した今こそ70年に及ぶ治世を再定義するのではないだろうか。

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