『ザ・クラウン』S5は試練の章? 2022年を代表するポップカルチャーの参照作としての価値

『ザ・クラウン』のシーズン5は“試練の章”

 『クィーン』は女王とロイヤルファミリーの密室の談義で大部分が構成されながらも、名匠スティーヴン・フリアーズ監督がコメディタッチで演出していることから風刺劇として成立し、アカデミー賞では作品賞をはじめ7部門でノミネートされる大成功を収めた。歴史的事実に当事者でしか知り得ないドラマ(創作)を盛り込むダイナミズムこそがピーター・モーガンの真骨頂であり、『クィーン』は『ザ・クラウン』の雛形とも言うべき作品である。『ザ・クラウン』シーズン5の第4話では“アナス・ホリビリス”と語った女王の実際のスピーチから逆算して、エリザベスとマーガレットの長年に渡る姉妹の確執を描写する名人芸級の脚本が書かれている。歴史的事実の正確性について指摘があるものの、事件と人物を現代に照らし合わせて解釈するのが伝記ドラマの醍醐味であり、ここにはエリザベス女王に対するモーガンの確かな敬意がある。

 またシーズン5のベスト回とも言うべきエピソードが第3話「モーモーと呼ばれた男」だ。バハマ総督時代のウィンザー公(デレク・ジャコビ)に見出された現地の青年シドニー・ジョンソン(ジョシュア・ケカナ)は公の最期まで執事を勤め上げ、後にエジプト人実業家モハメド・アルファイド(サリーム・ダウ)の付き人となる。大手デパート“ハロッズ”の買収や、オスカー受賞作『炎のランナー』への出資など、イギリス社会へ進出していた“モーモー”ことモハメドにジョンソンは英国の流儀を教え、アルファイド家は王室へと接近していく。ここで登場するモハメドの息子こそが、1997年にダイアナと共に事故死したドディ・アルファイドなのだ。悲劇的な運命の交錯を思いがけない角度から描いた傑作回である。

 『ザ・クラウン』が与えたポジティブな影響にも触れておこう。今年、幾度目かのビッグウェーブを迎えたPeakTVの最大の話題作『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』と『キャシアン・アンドー』は、『ザ・クラウン』をフォローアップした作品だ。“王家による数十年間の治世を描いた年代記”というフォーマットが『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』にそっくりそのまま採用されていることはもちろん、治世を通じて時代を批評し、現在(いま)を再定義する手法はウェスタロスと2022年のアメリカを地続きにさせた脚本に色濃く見ることができる。年代ごとに俳優がリキャストされ、1シーズンで何年ものタイムジャンプが行われるメソッドも共通だ。また『スター・ウォーズ』シリーズの最新作『キャシアン・アンドー』には、『ザ・クラウン』から撮影監督のフランク・ラム、演出を歴任してきた監督ベンジャミン・キャロンが参加しており、会話劇主体の静かに燃焼するようなグルーヴが通い合っている。物議を醸す『ザ・クラウン』は2022年を代表するポップカルチャーの参照作として今なお見るべきところの多い重要作であることを記しておこう。シリーズの真価が問われるのは来る最終シーズンだ。

■配信情報
『ザ・クラウン』シーズン5
Netflixにて配信中

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「海外ドラマシーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる