『マリグナント 狂暴な悪夢』の喜ばしい驚き 内包された“自由”を巡るテーマにも着目

『マリグナント』の“ワクワク”と裏テーマ

 そこで『マリグナント』が描いたのは、女性が自身の身体における“自由”を獲得するまでの物語だ。DVの夫に随時身体を傷つけられてきた主人公。しかし、本当はずっと前から脳に巣食う双子のガブリエルに身体の栄養や、赤ん坊の命まで搾取されていたことが判明する。女性が自分の身体についての決定権を持つことがないというこの表現は、ちょうど今年の9月からアメリカ・テキサス州で施行された人工妊娠中絶を実質的に禁止する「ハートビート法」を想起させる。アメリカに限らず日本でもアフターピルの処方に関する問題が取り沙汰されており、身体における決定権は数年前から世界的に関心が向けられている問題だ。

 マディソンは幼少期からガブリエルにビジョンを見せられ、命令されてきた。大人になってようやく記憶を取り戻した彼女に対しても、自分を打ち負かす力なんかありゃしないとガブリエルは抑圧する。そんな極めて有害(マリグナント)な存在を、マディソンが精神的な檻の中に閉じ込め鍵をかけるというラストは、「もう好き勝手させない」と身体の自由を奪い返した彼女の勝利のメタファーだ。また、“ジャンルの定番”というお約束から自分自身を解放したクリエイター(ワン)の姿にも重なるのは気のせいだろうか。

 そしてようやく、マディソンは彼女自身の生活が送れるようになるわけだが、そういった後日談を描くこともない。あの吹っ飛ばされたケコア刑事がやっぱり死んでしまったのか、生きているのかもわからない。「はい、おしまい!」とすぐに映画が終わるのも、ワンの潔さを感じて清々しい。

 『マリグナント』は間違いなく、私たちに“忘れていた映画の楽しみ方”を教えてくれた自由な意欲作だが、これはワンのようにそのジャンルですでに実績をあげているベテランだからこそグリーンライトがついたような企画。しかし本作にインスパイアされた映画制作者たちがこれに続いて、どんどん自分自身が課したルールや、世間が据え置いてしまった“定番”から脱却し、我々を“ワクワク”させてくれる作品を世に放っていくようになれば、それほど嬉しいことはない。

■公開情報
『マリグナント 狂暴な悪夢』
全国公開中
製作・監督・原案:ジェームズ・ワン
出演:アナベル・ウォーリス
配給:ワーナー・ブラザース映画
原題:Malignant/R18+
(c)2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved
公式サイト:malignant.jp

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